井上公造
via www.ninjintei.jp
今では自ら芸能レポーター事務所の社長を務めるなど、キングオブ芸能レポーターとなっている。当時からザ!情報ツウ(日本テレビ)やわいど!ABC(朝日放送)など局を超えて活躍していた。
1986年、30歳の時に芸能リポーターである梨元勝にスカウトされ、「株式会社オフィス梨元」入りし、芸能リポーターに転身。『モーニングショー』、『やじうまワイド』(テレビ朝日)などにレギュラー出演。 その後、独立し、1998年11月13日に「有限会社メディアボックス」を設立し、2003年7月に株式会社に改組し、社名を「株式会社KOZOクリエイターズ」に変更。井上曰く、民放キー局がワイドショーの芸能コーナーを縮小し、自分の出演する番組が無い事を分析し、首都圏より以西の放送局に出演している事を語っている。
武藤まき子
上記の前田忠明同様、フジテレビのワイドショーで活躍。元女子アナ。
現在は、芸能レポーターと言うよりは、皇室関係のレポーターとして活躍中。
現在は、芸能レポーターと言うよりは、皇室関係のレポーターとして活躍中。
山梨県出身。青山学院大学卒業後、中国放送に入社。アナウンサー専門職として活動。 結婚を機に、中国放送を退社しフリーに転身。 1982年4月1日、『おはよう!ナイスデイ』の開始に伴い、芸能リポーターとしてフジテレビと専属契約。 以降、フジテレビならびにFNS系列局のワイドショー、情報番組に出演。主に、芸能、歌舞伎、皇室を担当。
阿部祐二
via lifestyleb.net
今も「スッキリ!」で活躍中の芸能レポーター。
当時は、ビッグモーニング(TBS)やルックルックこんにちは(日本テレビ)などのレポーターとして活躍。
当時は、ビッグモーニング(TBS)やルックルックこんにちは(日本テレビ)などのレポーターとして活躍。
テレビやネットなどでは、「阿部ちゃん」や「阿部さん」の愛称で親しまれている。その一方で、ハリウッド俳優に対して通訳を介さずに英語でインタビューしたり、外国での事件・事故が発生した際には自ら英語を駆使して現地の関係当局への電話取材を行うなど、出演番組では知性派の一面も見られる。
福岡翼
テレビ朝日のワイドショーに出演していたイメージですが、最初はTBSやフジテレビのワイドショーにも出ていました。映画評論家の顔もあり。
高知県生まれ。高校卒業後に上京し、早稲田速記学校を卒業。
同校卒業後は速記の技量を活かして出版社、小学館に勤務、約10年に渡って 『女性週刊誌』、『女性セブン』といった女性雑誌の編集に携わった。
現在は芸能レポーター業のほか、映画への造詣も深いことから、この方面での取材や評論活動も行っている。
長谷川まさ子
via kanarikinic.com
「3時に会いましょう」(TBS)などワイドショー創世記から現在に至るまで芸能レポーターとして活躍中。
群馬県出身。跡見学園女子大学文学部文化学科在校時から緑山スタジオ内の役者養成塾であった「緑山塾」に在籍していた。1984年、TBSラジオのアシスタント募集のオーディションに参加し合格[1]。跡見女子大卒業後、『鈴木くんのこんがりトースト』のアシスタントデビュー。その後、『大沢悠里のゆうゆうワイド』放送開始から7年6が月の間、初代パートナーとして出演した。平行してバラエティ番組や広報番組のリポーターをしていたが、後に『3時にあいましょう』の出演を機に、芸能リポーターに転身。 身長153cm。趣味は芝居鑑賞と水泳。