キャンディーズからTLCなどガールズ・グループから女優さん、アナウンサーさんまで、三人娘を集めてみました!
2017年8月21日 更新

キャンディーズからTLCなどガールズ・グループから女優さん、アナウンサーさんまで、三人娘を集めてみました!

「御三家」が男性中心だったので、今度は三人のガールズ・グループ、グループではないけれど「御三家」のように人気のあった女性アイドルに女優さん、はたまたアナウンサーさんなどなどをまとめてみました。あなたは誰のファンでしたか?

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前の記事で様々な「御三家」を集めてみました。
今度はその女性ヴァージョンともいうべきでもある「三人娘」!
1970年代から90年代まで、当時、三人娘と呼ばれた方々を集めてみます。
また、随所に三人組のガールズ・グループ(国内外)もご紹介です!

新・三人娘

南沙織

南沙織

1971年の春、本土復帰前の沖縄から母親と二人で上京。CBS・ソニー社長との顔合わせを経て、デビューに向けたプロジェクトが開始された。
レコード・デビューまでわずか3ヶ月足らずというその過程について、作詞家の有馬三恵子は、「あんなにスムーズに新人歌手をデビューさせられた例は、他にない気がする」と語っている。そして「詩心を大いに刺激した」という南のために書かれた詞の中から、「17才」がデビュー曲として採用され(タイトルは酒井政利による)、6月1日に「ソニーのシンシア」のキャッチフレーズを持って歌手デビュー。約54万枚の大ヒットとなった。
「世代的共感を歌うアーティストの始まり」「日本におけるアイドルの第1号」「元祖アイドル」と評価されることもある。
1971年暮れの第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞。さらに、デビューしたその年にNHK『第22回NHK紅白歌合戦』に初出場。プロマイドも、1971年、1972年の年間売り上げ実績では第1位を獲得している。また、同時期にデビューした小柳ルミ子・天地真理らと共に "新三人娘" と括られることもあり、当時のアイドルの代表格であった。(Wikipedia)
小柳ルミ子

小柳ルミ子

宝塚を退団した同年の1970年、歌手デビューの前に顔を売るためにNHK連続テレビ小説『虹』で女優としてデビュー。
翌1971年(昭和46年)4月25日にはワーナー・ブラザース・パイオニア(現在のワーナーミュージック・ジャパン)の邦楽部門初の歌手として契約。作曲家平尾昌晃のプロデュースにより「わたしの城下町」で歌手デビューし、160万枚[の大ヒットとなる。
同曲は1971年のオリコン年間シングル売上チャートで第1位を記録し、また第13回日本レコード大賞最優秀新人賞も獲得した。
その後も、翌1972年(昭和47年)にリリースした「瀬戸の花嫁」で同年の第3回日本歌謡大賞を受賞。
ほか「お祭りの夜」「京のにわか雨」「漁火恋唄」 なども大ヒットし、天地真理・南沙織らとともに当時『三人娘』と呼ばれ(後年には『新三人娘』とも言われる)、1970年代前半を代表するアイドルとなった。
(Wikipedia)
天地真理

天地真理

1971年6月6日、TBS系人気番組『時間ですよ』(第2期・第3期)での銭湯「松の湯」従業員役(川口晶の次のレギュラー)のオーディションを受け、西真澄と一緒に最終審査まで残ったが、合格したのは西真澄であった。しかし、選考時に天地を見た主演の「おかみさん(松野まつ)」こと森光子が彼女の不合格を惜しみ、それまでの台本にない急ごしらえの新登場人物として出演させることを同番組演出の久世光彦[13]らに提案したため、「松の湯の健ちゃん(宮崎健)」こと堺正章がひたすら憧れる「隣のまりちゃん」役(厳密な役名は「マリ」)としてテレビ画面に登場、一躍脚光を浴びた。1971年7月21日の初出演時には、「松の湯」隣家2階の窓辺で白いギターを爪弾きながら「恋は水色」を歌った。
同年10月1日にアイドル歌手として「水色の恋」[14]でデビューし大ヒットした。以後、1974年までにかけて「ちいさな恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「ふたりの日曜日」「若葉のささやき」「恋する夏の日」「空いっぱいの幸せ」「恋人たちの港」「恋と海とTシャツと」「想い出のセレナーデ」からなる一連の大ヒット曲を発表する。
相前後して、同じく1971年に歌手デビューした南沙織、小柳ルミ子とともに『三人娘』(のち『新三人娘』)と呼ばれた。
70年代初期における天地真理ブームは老若男女を問わず厚い層に波及し、正に国民的スーパー・アイドルとなった。
(Wikipedia)
※「新・三人娘」の前の「初代・三人娘」は、黒柳徹子さん、横山道代さん(現・横山通乃)、里見京子さん、(又は水谷良重さん)。

「新・三人娘」の南沙織さん、小柳ルミ子さん、天地真理さん、70年代の女性アイドルです!
南沙織さんと小柳ルミ子さんは、まだ幼かった私から見たら、大人っぽいお姉さんに見え、「お兄さんの憧れの女性」のように思えたものです。
同じく幼い子供たちは、もっぱら「♪あなたを待つの。テニスコート♪」と、天地真理さんのハスキーでもあり高音でもある歌声をよくマネしたものでした。

※蛇足ですが、小柳さんの「瀬戸の花嫁」‥‥「♪瀬戸は、日暮れて、夕波小波♪」の替え歌というのが流行ってました!
「♪瀬戸ワンタン、日暮れ天丼、夕波、こな味噌ラーメン♪」
と歌ってたのですが‥‥あれはなんだったのでしょう?
(私の住む地域だけのものだったのでしょうか????)

スプリームス(シュープリームス)

スプリームス

スプリームス

ザ・スプリームス(The Supremes)は、アメリカの黒人系女性ボーカル・グループ。1959年結成、1977年解散。
オリジナルメンバーは、ダイアナ・ロスとメアリー・ウィルソン、フローレンス・バラードにベティ・マグロウンの4人。ベディはすぐバーバラ・マーティンに替わり、そのバーバラも抜けて1961年、ザ・スプリームスと改名してモータウンと契約した頃には3人組となっていた。
スプリームスは、モータウンの社長ベリー・ゴーディ・ジュニアの強力なプッシュを受け、ホーランド=ドジャー=ホーランドの作曲・プロデュースの下でヒットを連発した。そして、1964年の「Where Did Our Love Go? (邦題:愛はどこへ行ったの)」が、初の全米No.1となったのを皮切りに、シングルが5作連続全米No.1を記録、スプリームスは一躍全米のアイドルグループとなる。
その後、1969年のダイアナ脱退前の最後のシングルとなった「Someday We'll Be Together (邦題:またいつの日にか)」まで、合計12作の全米No.1ヒットを生み出した。(Wikipedia)
時代が少し60年代ですが、三人娘としてぜひおさえておきたいのが、スプリームス(シュープリームスとしての方が日本では通るように思います)。
ダイアナ・ロスさんのいたガールズ・グループで、国内外のいろんな方々が、彼女たちの歌をカバーしていますね!

The Supremes: You Can't Hurry Love - Original (Take 1)

スプリームス「恋は焦らず」
フィル・コリンズをはじめ、NOKKO、ストレイ・キャッツ、桑田佳祐(サザンオールスターズ)などなど多くのミュージシャンがカバーした曲です。
CMソングでもあったので知ってる方も多いと思います。

キャンディーズ

キャンディーズ

キャンディーズ

メンバー=伊藤蘭(ラン)、田中好子(スー)、藤村美樹(ミキ)

1973年(昭和48年)に「あなたに夢中」で歌手デビュー。またデビュー前からは、人気バラエティ番組『8時だョ!全員集合』にもレギュラー出演していたが、デビュー後しばらくはヒット曲に恵まれなかった。デビュー当時のメインボーカルは、当時最も歌唱力が高かった田中が起用された。
1975年(昭和50年)に発売した5枚目のシングル「年下の男の子」で方針を転換。「お姉さん」的キャラクターの伊藤をセンター・メインボーカルに据えて前面に出したところ、これが当たって初ヒットとなり、又オリコンでも初のベストテン入りを果たした。
翌1976年(昭和51年)発売の「春一番」は、オリコンで当時最高の週間3位を獲得。
その後1977年(昭和52年)にも「やさしい悪魔」「暑中お見舞い申し上げます」など、シングル曲を立て続けにヒットを飛ばす。それ以降のシングルでは、「わな」が藤村のセンターである以外、全て伊藤がセンターを務めた。その個性の違う3人という組み合わせや、『8時だョ!全員集合』や、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』などのバラエティ番組でコントまでこなす積極的なテレビ出演と、愛らしい振り付けを交えた数々のヒット曲により、幅広い人気を獲得した。(Wikipedia)
日本のガールズ・グループも負けていられません!
キャンディーズも大人気でしたね!
「8時だョ!全員集合」に出演されていた頃から、かわいい三人娘さんでしたよ!
解散時の「普通の女の子に戻りたい!」も、流行語になったり‥‥!

キャンディーズ 微笑みがえし

事実上、最後のシングルとなる「ほほ笑みがえし」です。
いい曲ですよね!
ついカラオケで歌いたくなります。

フレッシュ3人娘

榊原郁恵

榊原郁恵

高校2年の時にホリプロが主催する「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝。芸能界入りを機に上京し芸能活動コースがあった堀越高等学校へ転校している。
歌手デビューは翌年の1977年(昭和52年)1月1日だが、CMや映画への出演は1976年(昭和51年)からである。決勝大会等でのサブタイトルに「1億円のスター」とあったことからデビュー時のキャッチフレーズが「1億円のシンデレラ」となった。
同期デビューの女性人気歌手だった高田みづえ、清水由貴子と共に当時「フレッシュ三人娘」と言われた。共に最も仲が良かった歌手仲間の2人だが、新人賞を争う存在でもあった。(Wikipedia)
清水由貴子

清水由貴子

1977年3月1日に「お元気ですか」でCBS・ソニーから歌手デビュー。
清水のキャッチフレーズは「ほほえみスイング まごころハミング」で、同じ1977年に女性アイドル歌手としてデビューを果たし、清水と仲の良かった榊原郁恵・高田みづえと共に当時「フレッシュ3人娘」と呼ばれていた。
デビュー曲はスマッシュヒットとなり、当時盛んだった賞レースにおいても数多くの新人賞を獲得。
しかし、『速報!日本レコード大賞』(TBS、1977年11月22日放送)の新人賞(5人枠)争いでは、清水健太郎、高田みづえ、狩人の順で新人賞受賞が確定する中、続く受賞者を決める上位2名での決選投票で太川陽介に破れた後、最後の1枠を巡って榊原郁恵と再び決選投票となり、僅差で受賞を逃すこととなった。(Wikipedia)
高田みづえ

高田みづえ

1976年、フジテレビのオーディション番組『君こそスターだ!』で第18代グランドチャンピオンとなり、1977年3月25日に「硝子坂」でアイドル歌手としてデビュー。
「硝子坂」「だけど…」「ビードロ恋細工」「花しぐれ」と4曲連続でヒット、1977年に第19回日本レコード大賞・新人賞、日本歌謡大賞・放送音楽新人賞、FNS歌謡祭・最優秀新人賞などの新人賞を受賞した。
同期デビューには清水健太郎、狩人、太川陽介、榊原郁恵、清水由貴子、荒木由美子らがおり、特に榊原・清水(由)と共に当時「フレッシュ3人娘」とも呼ばれていた。
年末恒例の『NHK紅白歌合戦』にはデビュー時の1977年に初出場、翌1978年にも2年連続で出演。1979年は落選するが、その後1980年から1984年まで5年連続出場を果たし、過去8年間の歌手生活において合計7度紅白に出演した。(Wikipedia)
1977年にデビューした女性歌手の中でも、とびきりフレッシュだった三人娘です!
この三人さんは、髪型がショートなのですよね。
その辺もどこか新鮮な感じのするお三方です。
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