幻想音楽夜話
Raspberries
1.Go All The Way
2.Come Around And See Me
3.I Saw The Light
4.Rock & Roll Mama
5.Waiting
6.Don't Want To Say Goddbye
7.With You In My Life
8.Get It Moving
9.I Can Remember

Eric Carmen : bass, piano & vocals.
Wally Bryson : lead guitar & vocals.
Dave Smalley : rhythm guitar & vocals.
Jim Bonfanti : drums & vocals.

Produced by Jimmy Ienner
1972 Capitol Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1972年から1974年にかけての頃、ラズベリーズというバンドが日本の洋楽ファンに愛された。わずか三年ほどの期間ではあったが、発表されるシングル曲は相次いでヒットを記録し、当時の人気グループのひとつとして名を連ねていた。ラズベリーズの中心人物は1970年代後半になってソロ・シンガーとして活躍し、「オール・バイ・マイセルフ」や「チェンジ・オヴ・ハート」のヒット曲を発表するエリック・カルメンである。エリック・カルメンがソロとなった後に彼のファンとなった人の中には、彼がソロ活動前に在籍していたグループとしてラズベリーズの存在を知った人もあるかもしれない。

 ラズベリーズはアメリカのグループで、デビューしたのは1972年のことだ。彼らの契約したキャピトル・レコードもすいぶんと力を入れた新人であったらしい。デビュー・シングルに選ばれた「Don't Want To Say Goddbye」はそれほどのヒットにはならなかったが、セカンド・シングルとなった「Go All The Way」は全米チャートのトップ10に入るヒットになってラズベリーズの名を知らしめることになった。「Go All The Way」は日本でも1972年の秋から1973年の初頭にかけてヒットし、この曲によってラズベリーズの魅力に夢中になってしまった洋楽ポップス・ファンも多かったのではないだろうか。

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 ラズベリーズの名は、英国のバッドフィンガーと共に「パワー・ポップ」のルーツとして語られる機会も少なくない。1970年代当時を知らない若い人の中にも、そうした繋がりからラズベリーズの名とその音楽を知った人もあるかもしれない。「パワー・ポップ」という名の音楽ジャンルがどのようなものかを述べることはあまり意味もなく無粋なことだが、もし「パワー・ポップ」というものが、その語感の意味するように「ロック的なサウンドのパワー感溢れるポップ・ソング」のようなものだとするなら、ラズベリーズはまさに「パワー・ポップ」に相応しいものかもしれない。

 特に日本でヒットした「Go All The Way」や「I Wanna Be With You」、「Tonight」、「Ecstasy」といった楽曲は、パワー感に満ちたロック・サウンドとポップで美しいメロディが融合した素晴らしいポップ・ソングであり、そこからもたらされたラズベリーズのイメージはまさに「パワー・ポップ」のルーツと呼ぶに相応しいものだったと言えるだろう。しかし当時は「パワー・ポップ」という言葉も概念も存在してはいなかった。ラズベリーズはデビュー以後、次第にロック色を強めていった傾向があり、当時のファンの中にはラズベリーズを「アメリカン・ロック」の中に位置づけて捉えた人も少なくはなかっただろう。

 「アメリカン・ロック」のバンドのひとつとしてラズベリーズを捉えた人たちは、ラズベリーズが解散してエリック・カルメンがソロとして活動を始めた時、彼が「ロック・ヴォーカリスト」から「ポピュラー・シンガー」へ転向してしまったと思ったに違いない。しかし、このデビュー・アルバムを聞くと、その解釈が正しいとは言えないということに気づく。エリック・カルメンはラズベリーズ時代の「ロック・ヴォーカリスト」からソロの「ポピュラー・シンガー」へ転向したのではない。彼はラズベリーズ時代から「ポピュラー・シンガー」だったのであり、その音楽はどれほどロック的なサウンドに彩られていたとしても本質的に良質の「アメリカン・ポップス」そのものだったのだ。

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 ラズベリーズの音楽の魅力を語るとき、やはりビートルズの影響を避けて通ることはできない。ビートルズの、と言うより、ポール・マッカートニーの、と言うべきかもしれない。ラズベリーズの音楽の端々から、ビートルズの「匂い」のようなものが強く感じられる。エリック・カルメンの歌唱も、ポール・マッカートニーを彷彿とさせるものだ。おそらくエリック・カルメンはポール・マッカートニーの大ファンだったのではないだろうか。そうしたことをエリック自身が公言していたかどうか記憶にないが、当時のロック/ポップス・ファンには周知のことだったようにも思う。

 ラズベリーズの音楽の魅力は、ポール・マッカートニーがそうであるように、親しみやすく美しいメロディと、適度にパワー感のあるバンド演奏とによる、良質のポップ・ソングを完成させているところにあった。ビートルズの影響下にあるミュージシャンは数多いが、ラズベリーズはその影響を優れた「アメリカン・ポップス」に昇華させた好例のひとつだったと言えるのではないか。

 ビートルズの影響を色濃く感じさせるラズベリーズだが、決してオリジナリティに劣るというわけではない。フォロワーとしての立場に甘んじることなく、自らの音楽的才能を開花させていたからこそ、ラズベリーズの音楽が多くのファンを魅了したのは言うまでもないことだろう。ビートルズの影響を感じさせながらも、ラズベリーズの音楽はあくまで明るく爽快なイメージの、彼ら独自の「アメリカン・ポップス」として成り立っている。そうした「アメリカン・ポップス」としての魅力をラズベリーズに感じるならば、その魅力はむしろグラス・ルーツやスリー・ドッグ・ナイトなどのいわゆる「ダンヒル・サウンド」のグループたちとも共通するものであったかもしれない。

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 「Go All The Way」は、発表された当時、「フーのサウンドとビーチ・ボーイズのハーモニーの融合」などといった旨の形容で語られたという。ある意味ではその形容は当を得たものかもしれない。1960年代のブリティッシュ・バンドが生み出したパワー感溢れるサウンドと、ビーチ・ボーイズに象徴されるような「アメリカン・ポップス」の明るく甘美なメロディとハーモニーの魅力の双方を、確かに「Go All The Way」は兼ね備えていた。「Go All The Way」は、ラズベリーズのシングル曲の中で最も「売れた」ものでもあるらしく、ラズベリーズの代表曲として語られることも多い。少しエッジの効いたハードなギター・サウンド、甘美で感傷的な印象の美しいメロディ、ダイナミックで明るい躍動感といった要素に満ちた「Go All The Way」は、ラズベリーズの代表曲というばかりでなく、1970年代のアメリカン・ポップ・ミュージック・シーンから生み出された希有の名曲のひとつと言っても差し支えないだろう。

 「Go All The Way」があまりに印象深いために、このデビュー・アルバムもそうした路線の楽曲を中心に構成されているのではないかと思いがちだが、実はそうではない。アルバム中にロック色の強い楽曲は少なく、アルバムのメインにあるのはむしろ甘美なメロディのバラード曲の方だと言ってもいい。ラズベリーズの、「Go All The Way」とはまた違ったバラード曲の魅力を充分に堪能できるのが、デビュー・シングルにもなった「Don't Want To Say Goddbye」、あるいはドラマティックな構成の「I Can Remember」、そしてまたクラシカルな雰囲気の漂う「Waiting」といった楽曲群だろう。プレスリーやビートルズなどによってロックン・ロールを知るまで、エリック・カルメンはクラシック音楽を学び、ラフマニノフを尊敬していたという。彼の作詞作曲による「I Can Remember」や「Waiting」は、彼のそうした音楽的素養を物語る楽曲だと言えるだろう。それらの楽曲は、「Go All The Way」とはまた違った意味での、ラズベリーズ初期の名曲と言っていい。

 それらの「聴き応えのある」楽曲ばかりが印象に残りがちだが、他の楽曲も決して退屈なものではない。アコースティックなサウンドで構成された「Come Around And See Me」も軽やかな雰囲気の佳曲であるし、ポール・マッカートニーのメロディを彷彿とさせる「I Saw The Light」もいい。シンプルなブギの「Rock & Roll Mama」も楽しい。「With You In My Life」は往年のヴォードヴィル風な雰囲気の漂うポップスで、これもビートルズの影響を強く感じさせて楽しい。「Get It Moving」はシンプルなロックン・ロールで、軽やかなギター・サウンドが魅力だ。

 そのようにさまざまな曲調の楽曲が収録されているのは、実はラズベリーズのメンバーたちがそれぞれに作詞作曲に携わっているからで、それぞれの書く楽曲にそれぞれの個性が出ているからに違いない。エリック・カルメンの作詞作曲による「I Can Remember」と「Waiting」、エリック・カルメンとリード・ギタリストのウォーリー・ブライソンとの共作による「Go All The Way」と「Don't Want To Say Goddbye」、「I Saw The Light」、ウォーリー・ブライソンの作詞作曲による「Come Around And See Me」と「With You In My Life」、ベースとリズム・ギターを担当するデイヴ・スモーリーの作詞作曲による「Rock & Roll Mama」と「Get It Moving」といったように並べてみると、それぞれの指向する音楽が何となく見えてくるような気もする。

 エリック・カルメンが後にソロになって成功したこともあってか、ラズベリーズをエリックの「ワンマン・バンド」だったように思っている人もあるかもしれないが、決してそんなことはなかった。それぞれ個性と指向する音楽の異なるメンバーが集まってラズベリーズというグループを構成していたからこそ、「ロック」と「ポップス」との魅力を兼ね備えた音楽を造り得たのだ。

 それにしても、ラズベリーズの音楽のなんと瑞々しく、軽やかで、力強く、若々しく、切なく、美しいことだろうか。ラズベリーズの音楽のそうした魅力は、矛盾するようだが、やはりエリック・カルメンの歌唱の魅力に負うところが大きい。彼の少し「鼻にかかった」ような甘い歌声は、ラズベリーズの音楽の重要な魅力のひとつだ。彼の歌声は、「ラズベリーズ」の名に相応しく、甘酸っぱい印象を携えて、聴く者に若い日々の甘く切ない恋の記憶を甦らせてくれる。

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 ラズベリーズはアルバムを発表する毎により「ロック色」を強めてゆくのだが、ラズベリーズの魅力のひとつが「アメリカン・ポップス」の王道的な部分にあったとするなら、それをもっともよく象徴しているのが、他ならぬこのデビュー・アルバムであるかもしれない。ラズベリーズのファンの中には、このデビュー・アルバムを「最も好きなアルバム」として挙げる人もある。アルバム作品としては荒削りで散漫なところもあり、「傑作」と呼ぶべきようなものではないが、ラズベリーズのファン、エリック・カルメンのファン、そしてすべての「アメリカン・ポップス」のファンにとって、大切な想い出のようなアルバムであるかもしれない。