人気子役時代の1969年に「黒ネコのタンゴ」を歌って大ヒットさせた皆川おさむ君は、白いあご髭をたくわえた51歳の立派なオヤジになっていた。
東急目黒線の西小山駅近くにある居酒屋「やきいち」のテーブル奥。会った瞬間、「下がり目のおさむ君がいる…」と思った。目尻の下がったやわらかい雰囲気は子役時代のまま。酒場の雰囲気がほんわかする。
「私のプロフィルにグラフィックデザイナーと書かれているけど、一度もやったことないのに、なんでかなあ」
おさむ君はネット情報のいい加減さをひとくさり。近況を語った。
「今、おばの皆川和子が設立した『ひばり児童合唱団』の代表を務めていて、大変なんだ」
合唱団は2年前には70周年を迎え、記念公演には吉永小百合も駆けつけたという。
「いろいろあったけど、『黒ネコのタンゴ』は封印したよ…」
そう言いながら、おさむ君は麦焼酎のウーロン茶割をグビリ。
私は、「昔のことはどうでもいい。でも、260万枚を売り上げたおさむ君の歌が昭和の歌の金字塔であることは間違いない!」と励まし、冷や奴をすすめた。
おさむ君が明かした。
「50を過ぎてから体調が悪いんだよ。糖尿病で腎臓を悪化させて、人工透析を受けていたんだ」
そして、ポツリと衝撃的な告白をした。
「2年前に姉から片側の腎臓をもらい、移植したんだ。その上、首の調子もあまりよくない」
私は心配になって、「結婚はしているの?」と聞くと、「ずっと独身です。子供? いません」という。
酒のピッチがあがり、気が付くと焼酎が1本空いた。私はズバリ、「黒ネコのタンゴ」を歌いながら被災地をまわってはどうか、と持ちかけた。その場で、岩手の民放テレビの友人にも電話を入れると、友人は「皆川さんが被災地で歌ってくれるなら全力でバックアップします」と即決で約束してくれた。
ひばり児童合唱団といえば、安田祥子・由紀さおり姉妹も輩出している。このコラムでも紹介したが、由紀さんが福島・いわき市の幼稚園で園歌をうたうことをおさむ君に告げると、「由紀さん、がんばっているな」と下がり目の奥が光った。
「おさむ君、やろうよ。一緒に被災地をまわろう。『黒ネコのタンゴ』の出番だよ」と、私は実現の後押しを誓った。 (出版プロデューサー)
■高須基仁の“百花繚乱”独り言HP=「高須基仁」で検索