2018年の大相撲初場所では平幕・栃ノ心が見事初優勝!
年末からゴタゴタの続く角界ですが、外国人力士の栃ノ心が大いに場を盛り上げた初場所となりました。
外国人力士の歴史
高見山(先代・東関親方)が外国出身外国人力士として初めて十両に昇進、関脇にまで到達したのを皮切りに、小錦が大関まで昇進して人気を集め、曙が外国人初の横綱昇進を果たした。
これに武蔵丸が続き、貴乃花、若乃花の兄弟横綱の引退以後は、横綱は外国出身力士が務めており、2008年初場所の時点ではともにモンゴル出身の朝青龍と白鵬が東西横綱をつとめた。
また、2014年には、大相撲史上初めて、3人(白鵬・日馬富士・鶴竜)の外国(いずれもモンゴル)出身力士が横綱に在位することになった。
1990年代まではハワイ出身のアメリカ人力士が多かったが、2000年代に入ると、白鵬をはじめとするモンゴル出身力士が多勢を占めるようになった(ハワイ出身のアメリカ人力士が角界で席巻すると「黒船来航」、モンゴル出身力士が角界で席巻すると「蒙古襲来」と呼ばれた)。
また、2000年半ば以降になると、琴欧州(ブルガリア)や把瑠都(エストニア)などのヨーロッパ出身の力士が、幕内上位で活躍するようになった。
初めて十両、関脇に昇進した高見山
元関脇:高見山
本名は渡辺 大五郎(わたなべ だいごろう)、米国名はJesse James Wailani Kuhaulua(ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア)、愛称はジェシー。
昭和59年夏場所 高見山引退特集 - YouTube
引退後の高見山
引退後も協会に残ることを希望して現役中の1980年(昭和55年)に日本国籍を取得。日本名は渡辺大五郎(夫人の姓と四股名を合わせたもの)。引退後は年寄・東関を襲名。後に審判委員を務めた。
中国・韓国(朝鮮)など東アジア圏の出身者を除けば、外国出身者として当時最も上位で活躍した力士であり、後の各国出身力士、特にハワイ勢(すなわちポリネシア勢)の活躍の道を開いた。
アメリカ人らしい陽気さと巨体を持つのと同時に、異境での辛い修行に耐え忍ぶ古来の日本人のような生き方も広く知られ、相撲ファン以外にも絶大な人気があった。独特の長いもみあげなど特徴ある容貌も人気で、テレビCMに出演するなど土俵の外でも活躍した。
弟弟子になる小錦を自らスカウトし、自分の弟子である曙を横綱まで育てるなど、大相撲の国際化にも大きく貢献した。ハワイ出身の関取としては、この他に大喜を育てた。最近は、高見盛の師匠としても知られ、師弟2代で角界の人気者となった。
2009年(平成21年)6月15日、日本相撲協会を定年退職した。かつての人気力士の定年とあって、テレビの情報番組などで大きく特集が組まれ、現役時代の映像も多く流された。同年5月場所限りで現役を引退した弟子の潮丸が、師匠の退職と同時に「東関大五郎」を襲名し、東関部屋を継承した。その際に「もう一度ハワイの力士を育てたい」と語った。
定年退職後も単発でテレビ出演を行っている。
1980 丸八眞綿
【一日一善CM】「と~じま~り用心 火~の用心♪」日替わりで歌詞が変わる、日本船舶振興会のCMを振り返る。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
初めて大関に昇進した小錦
元大関:小錦
関取時代のプロフィールは、身長187cm、体重275kg(最重量時は285kg)。ロンドン巡業では大相撲史上最重量の巨体を形容する「ダンプトラック」の異名が与えられた。得意手は突き、押し。最高位は東大関(外国人初)。横綱を含む幕内力士としては3人目の小錦、十両以下を含めては6人目の小錦である。
生粋のハワイアンではなく、両親はサモアからの移民(ただしポリネシア人の身体形質・言語上の同質性は極めて高い)。