2018年9月1日 更新
皆さんお元気ですか? から30年目のセフィーロ
自動車のテレビCMは数々あれど、今も語り草になっているのが「皆さんお元気ですか?」が口パクになっちゃった日産セフィーロです。どんなCMだったのか、そしてそもそもセフィーロがどんなクルマだったのか、振り返ってみましょう。
1990年2月1日には、オーテックジャパンから「セフィーロオーテックバージョン」が発売されました。スポーツクルージングをベースに、エンジンをチューニングして最高出力を205馬力から225馬力に強化。外装にはエアロバンパー、専用アルミホイールを装着。内装にはイギリス・コノリー社製の本革張りシートを採用する、なんとも気合いの入ったモデルでした。
CM、デザインともにインパクトのあるセフィーロでしたが、購買層として設定した33歳に対し200万円以上するセダンは高すぎたのか、それより上の年齢層にはインパクトが強烈すぎたのか、販売実績は決して好調ではありませんでした。
1990年8月のマイナーチェンジで中期型に移行。セフィーロ・コーディネーションが複雑すぎた、という意見もあったようで、このシステムは廃止されました。エンジンごとにタウンライド、ツーリング、クルージングのグレード名は残され、電子制御DUET-SS、HICAS-IIのサスペンションは各グレードのメーカーオプション(クルージングにはHICAS-IIを標準装備)という設定に変更されました。また、シートの生地と色は他社と同様にボディーカラーごとに固定の設定となりました。
4WDのアテーサがDOHCターボ車に設定され、DOHC車のATは5速ATになりました。また、角形ヘッドライト、中折れ式助手席のない安価なグレードがタウンライドN・ツーリングNとして設定され、各グレードのメーカーオプションとして角型ヘッドライトも選択できる設定になりました。
前期型の強すぎる個性を抑えたマイナーチェンジでしたが、なんだかパッとしない印象になってしまったのは否めませんでした。
マイナーチェンジで3ナンバーボディーに
1992年5月、ローレル、スカイラインがフルモデルチェンジをする中で、セフィーロは2度目のマイナーチェンジを受けて後期型になりました。ここで2500ccのRB25DE型エンジン・5速AT車が追加され、前後のバンパーを大型化。全車3ナンバーボディーとなりました。
グレードは、中折れ式助手席や運転席パワーシートを装備する高級仕様として2500ccの25SE Mセレクション、25SE、DOHCターボのSE-T、SE-4(4WD)、SOHCのSE、さらにそれらがない安価な仕様としてDOHCのVE、SOHCのVLが設定され、VLのみ角型ヘッドライトとなりました。
1994年8月、セフィーロはようやく2代目にフルモデルチェンジします。しかし、ローレル・スカイラインの兄弟車から離れ、マキシマを統合した上でV型6気筒エンジンを搭載するFFセダンになりました。
広いキャビンと安価な価格設定もあり、皮肉にも大ヒット作となりました。新生セフィーロは1998年に3代目に移行するも、今度は不作。2003年にティアナにバトンを渡し、セフィーロの名は消滅しました。
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