みやたけしさんと高橋陽一さんのヒーローズ
みやさんは僕の2つ年上ですがデビューが早く、週刊少年ジャンプで「GOシュート!」というサッカー漫画(キャプテン翼より前に週刊少年ジャンプでサッカー漫画を連載してたたんですね)
、そして「ブンの青春」という野球漫画を連載した後週刊少年サンデーに移籍。サンデーでの初連載が同じくサッカー漫画の「はしれ走!」でそのアシスタントに僕は入ることになったのです。
学生時代に当たり前のようにジャンプ誌上で読んでいたマンガの作者を目の前にしてすごく緊張したのを覚えてます。
同期に一つ上の先輩、今はもうマンガ家を辞めてしまったようですが何冊かコミックスを出されている「三鷹公一」さん、それからジャンプ時代からみやさんのアシスタントをしていた同い年のS君、そして僕の3か月後に今の僕の連載(屋根の上のラフテー)のキャラクターデザインをしてもらった現沖縄在住の「なかいま強」が入ってきました。
ほぼ1年半ほどみやさんのところでアシスタントをしていたのですが、その間、後にアシスタントとしてお世話になる「キャプテン翼」の高橋陽一さんとみやさんはドーベルマン刑事やブラックエンジェルスなどで有名な「平松伸二」さんのところで一緒にアシスタントをしていた関係で仲が良くてよく一緒に野球をしていました。
野球が下手くそで子供の頃ほとんどしたことがなかったのに年間50試合以上なんて草野球をやることになったのはこの関係からです。
前にも書いた「よろしくメカドック」の次原隆二さんが監督のNEWヒーローズではなくて、みやさんと陽一さんの2人で始めた無印の「ヒーローズ」という野球チームです!
、そして「ブンの青春」という野球漫画を連載した後週刊少年サンデーに移籍。サンデーでの初連載が同じくサッカー漫画の「はしれ走!」でそのアシスタントに僕は入ることになったのです。
学生時代に当たり前のようにジャンプ誌上で読んでいたマンガの作者を目の前にしてすごく緊張したのを覚えてます。
同期に一つ上の先輩、今はもうマンガ家を辞めてしまったようですが何冊かコミックスを出されている「三鷹公一」さん、それからジャンプ時代からみやさんのアシスタントをしていた同い年のS君、そして僕の3か月後に今の僕の連載(屋根の上のラフテー)のキャラクターデザインをしてもらった現沖縄在住の「なかいま強」が入ってきました。
ほぼ1年半ほどみやさんのところでアシスタントをしていたのですが、その間、後にアシスタントとしてお世話になる「キャプテン翼」の高橋陽一さんとみやさんはドーベルマン刑事やブラックエンジェルスなどで有名な「平松伸二」さんのところで一緒にアシスタントをしていた関係で仲が良くてよく一緒に野球をしていました。
野球が下手くそで子供の頃ほとんどしたことがなかったのに年間50試合以上なんて草野球をやることになったのはこの関係からです。
前にも書いた「よろしくメカドック」の次原隆二さんが監督のNEWヒーローズではなくて、みやさんと陽一さんの2人で始めた無印の「ヒーローズ」という野球チームです!
ビートたけしのオールナイトニッポン
「ビートたけし」と試合が決まったぞ!
仕事入りの日、仕事場に着くなりニコニコ顔のみやさんがそう言ったのはアシスタントをはじめて1年ほど経った頃だったと思います。
「えっ、なんでですか?やっぱり小学館とか集英社のツテですか?」
なんて聞いたボクにニコニコ顔のみやさんが
「いや、この間たけしのオールナイトニッポンを聞いてたら
野球の対戦相手を募集していたんではがきを出したら返事が来た!」
思いっきり一般人です(笑)
でも当然文面にはマンガ家の野球チームだって書いていたでしょうからたけしさんも面白がって選んでくれたのかもしれません。
そして試合の当日舞台は石神井公園にある東台球場というその後何度もお世話になったグランドです。
話を聞いた少年サンデー編集部も事前にたけしさんに了解をとって増刊サンデーで特集グラビアを組むとか…(実は僕はその1年半の間に2度ほどグラビアに出ていてそのうちの1回です)
ところが試合時間直前になってもたけし軍団の面々は球場に来ません!
東台球場は駅から歩いて15分ほどのところにあるのですが痺れを切らしたのか、みやさんがなかみまを連れて駅まで迎えに行きました。
すると10分程経った頃でしょうか入れ違いに「そのままんま東」さんにおぶわれたたけしさん達がやって来たのです。
サンデーの編集さんもまだ来ていなくてみやさんもいない…ということで、仕方なくマンガの世界に入って1年弱…まだまだデビューも全然していない若干22歳前後のボクがたけしさんに話しかけました。
「今、みや先生が駅に迎えに行ったのですが会いませんでした?」
するとたけしさんは「ユニフォームを着ていた奴だろ?いたいた!ひげ面のごつい奴だろ?」
みやさんは中肉中背、ひげ面のごついのはなかいま強ですから「いえ、そっちじゃなくて一緒にいた細い方です」と言ったら「そっちは見なかったな~」って言って笑っていたので、更衣室に案内して着替えてもらったのですが、前に書いたデスラー総統…(あっ、伊武雅刀さんですね)と話した時もそうですがなぜか芸能人と話す時ってあまり緊張しないんです。
(でも機会があってプロレスラーと話すとなぜかド緊張するのですが…)
仕事入りの日、仕事場に着くなりニコニコ顔のみやさんがそう言ったのはアシスタントをはじめて1年ほど経った頃だったと思います。
「えっ、なんでですか?やっぱり小学館とか集英社のツテですか?」
なんて聞いたボクにニコニコ顔のみやさんが
「いや、この間たけしのオールナイトニッポンを聞いてたら
野球の対戦相手を募集していたんではがきを出したら返事が来た!」
思いっきり一般人です(笑)
でも当然文面にはマンガ家の野球チームだって書いていたでしょうからたけしさんも面白がって選んでくれたのかもしれません。
そして試合の当日舞台は石神井公園にある東台球場というその後何度もお世話になったグランドです。
話を聞いた少年サンデー編集部も事前にたけしさんに了解をとって増刊サンデーで特集グラビアを組むとか…(実は僕はその1年半の間に2度ほどグラビアに出ていてそのうちの1回です)
ところが試合時間直前になってもたけし軍団の面々は球場に来ません!
東台球場は駅から歩いて15分ほどのところにあるのですが痺れを切らしたのか、みやさんがなかみまを連れて駅まで迎えに行きました。
すると10分程経った頃でしょうか入れ違いに「そのままんま東」さんにおぶわれたたけしさん達がやって来たのです。
サンデーの編集さんもまだ来ていなくてみやさんもいない…ということで、仕方なくマンガの世界に入って1年弱…まだまだデビューも全然していない若干22歳前後のボクがたけしさんに話しかけました。
「今、みや先生が駅に迎えに行ったのですが会いませんでした?」
するとたけしさんは「ユニフォームを着ていた奴だろ?いたいた!ひげ面のごつい奴だろ?」
みやさんは中肉中背、ひげ面のごついのはなかいま強ですから「いえ、そっちじゃなくて一緒にいた細い方です」と言ったら「そっちは見なかったな~」って言って笑っていたので、更衣室に案内して着替えてもらったのですが、前に書いたデスラー総統…(あっ、伊武雅刀さんですね)と話した時もそうですがなぜか芸能人と話す時ってあまり緊張しないんです。
(でも機会があってプロレスラーと話すとなぜかド緊張するのですが…)
松尾伴内が審判だった!
ほどなくみやさんとなかいまも戻ってきてすぐに試合が始まりました。
たけし軍団と試合をするという事でギリギリの人数のいつものヒーローズの試合と違って多人数…やはり平松さんのところでみやさんと同期だった「高校鉄拳伝タフ」の猿渡哲也さんとかも助っ人できていて当然ボクはベンチから見ていました。
今から35年ほど前の話、「たけし軍団」もまだできたばかりでメンバーも第1期…
それでもツーツーレレロレロとかはテレビで見ていたのでそのまんま東さんはすぐに分かったのですがその他のメンバーは見たことがあるようなないような感じだったのですが印象に残っていたのが審判をやっていた「松尾伴内」さん…もちろん全く知らなかったのですが、ともかく声が大きくてバッターボックスに入っていたらビックリする程でした。
誰かが軍団の人と試合中に雑談をしていて
「アイツは入ったばかりだから審判をやらせてるんだ」とか聞いてきました。
試合中たけしさんのヤジが面白くて反対側のベンチまでよく聞こえていたのを覚えてます。
試合はヒーローズがリードしているところで試合終了だったのですが、時間があったのでそのまま延長戦をやることになりたけし軍団に追いつかれ同点!引き分けで試合終了となりました。
(すいません全く資料も残ってないのであやふやな僕の記憶だけで書いてます)
試合は引き分けですが正規の7回終了時にはリードしていたという事もあって、まるでヒーローズが勝っていたかのような態度がでてしまったのか数日後のオールナイトニッポンでたけしさんが
「マンガ家さんたち自分たちが勝ったと思っているからアタマくるよな~!再戦しないとだな!」と言っていたのを覚えてます。
そのちょっと後で僕はみやさんのアシスタントを辞めてしまったので、2試合目のたけし軍団戦は参加していないのですが見に行った三鷹さんが「今回も面白かったよ」と言ってました。
たけし軍団と試合をするという事でギリギリの人数のいつものヒーローズの試合と違って多人数…やはり平松さんのところでみやさんと同期だった「高校鉄拳伝タフ」の猿渡哲也さんとかも助っ人できていて当然ボクはベンチから見ていました。
今から35年ほど前の話、「たけし軍団」もまだできたばかりでメンバーも第1期…
それでもツーツーレレロレロとかはテレビで見ていたのでそのまんま東さんはすぐに分かったのですがその他のメンバーは見たことがあるようなないような感じだったのですが印象に残っていたのが審判をやっていた「松尾伴内」さん…もちろん全く知らなかったのですが、ともかく声が大きくてバッターボックスに入っていたらビックリする程でした。
誰かが軍団の人と試合中に雑談をしていて
「アイツは入ったばかりだから審判をやらせてるんだ」とか聞いてきました。
試合中たけしさんのヤジが面白くて反対側のベンチまでよく聞こえていたのを覚えてます。
試合はヒーローズがリードしているところで試合終了だったのですが、時間があったのでそのまま延長戦をやることになりたけし軍団に追いつかれ同点!引き分けで試合終了となりました。
(すいません全く資料も残ってないのであやふやな僕の記憶だけで書いてます)
試合は引き分けですが正規の7回終了時にはリードしていたという事もあって、まるでヒーローズが勝っていたかのような態度がでてしまったのか数日後のオールナイトニッポンでたけしさんが
「マンガ家さんたち自分たちが勝ったと思っているからアタマくるよな~!再戦しないとだな!」と言っていたのを覚えてます。
そのちょっと後で僕はみやさんのアシスタントを辞めてしまったので、2試合目のたけし軍団戦は参加していないのですが見に行った三鷹さんが「今回も面白かったよ」と言ってました。
そしてスポーツ大将が始まる…あれ、これって?
そしてその数年後、1985年4月テレビ朝日で「ビートたけしのスポーツ大将」が始まります。
番組の中に素人の草野球チームとたけし軍団が対戦という人気コーナーがあったのですが、それを見たときに「あれ?これってあの時の試合そのままじゃん!」なんて思いました。
ボクがみやさんのところにいてたけし軍団と試合をしたのが1983年の事です。
企画してアイディアを練って…なんだか丁度いい頃のような気がしませんか?
もちろん元々素人の草野球チームを募集していたくらいですからそれ以前からあった企画だったかもしれませんが、ボクは勝手にあの試合が「ビートたけしのスポーツ大将」の元になったと思っています。
番組の中に素人の草野球チームとたけし軍団が対戦という人気コーナーがあったのですが、それを見たときに「あれ?これってあの時の試合そのままじゃん!」なんて思いました。
ボクがみやさんのところにいてたけし軍団と試合をしたのが1983年の事です。
企画してアイディアを練って…なんだか丁度いい頃のような気がしませんか?
もちろん元々素人の草野球チームを募集していたくらいですからそれ以前からあった企画だったかもしれませんが、ボクは勝手にあの試合が「ビートたけしのスポーツ大将」の元になったと思っています。
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時空探偵マツ・de・DX
【隔週水曜日公開】ベテラン実力派漫画家「なかがわひろき」×昭和の生き証人「山本圭亮」がお送りするSF昭和ファンタジー!ミドルエッジだけで読めるスペシャル連載が満を持して登場!!
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この中にボクが生まれて初めて世に出た絵…走のおばあちゃんの下駄!
が最初の方に出ています。
それから遊びに来た高橋陽一さんがモブとして描いた翼が土管に座って走の試合を見ているシーンも…