終戦から29年後に帰還した日本兵・小野田寛郎を描いた映画「ONODA」が公開決定!!
旧日本陸軍の少尉で、終戦後も29年間にわたりフィリピン・ルバング島にて潜伏生活を送っていた小野田寛郎(おのだ ひろお)を題材とした映画『ONODA(原題)』が、2021年秋に全国で公開されます。
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終戦から約30年後に帰還した日本兵描く「ONODA」、遠藤雄弥と津田寛治がW主演https://t.co/EJX01hoeIm#遠藤雄弥 #津田寛治 #小野田寛郎 pic.twitter.com/z6rG7ZfBlx
— 映画ナタリー (@eiga_natalie) June 1, 2021
1974年に日本へと帰還し、当時日本中を騒がせた小野田寛郎。『ONODA(原題)』では、小野田が潜伏していたフィリピン・ルバング島での壮絶な生活などが描かれており、若き日の小野田を遠藤雄弥が、年を重ねた小野田を津田寛治がそれぞれ担当しています。フランス、ドイツ、ベルギー、イタリア、日本の合作で制作された本作。小野田の唯一無二と言える生き様にどこまで迫っているのか、注目が高まっています!
「最後の日本兵」小野田寛郎とは?
1945年の第二次世界大戦終結後、残留日本兵として終戦を知らされないまま29年もの歳月を過ごした小野田寛郎。同様にグアムに潜伏し、「恥ずかしながら帰って参りました」の名言でおなじみの横井庄一が1972年に帰還してからも潜伏が続いていたため、「最後の日本兵」とも呼ばれています。小野田とはどのような人物なのでしょうか?ここで軽く振り返っておきましょう。
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フィリピン・ルバング島で29年間潜伏。
フィリピン防衛戦を担当するため、1944年にフィリピン・ルバング島に着任した小野田。1945年8月に日本が敗戦しても任務解除の命令が届かず、数名の仲間とともに密林での潜伏生活を送ることを決断しました。そしてフィリピン政府を「アメリカの傀儡政権」と判断、現地住民やフィリピン兵と銃撃戦を展開し次々と仲間を失うなど、平穏とは程遠い壮絶な生活を続けていました。
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投降、そして帰国。
1972年にともに潜伏生活を送っていた小塚金七が死亡し、ついに一人となった小野田。当時既に小野田の捜索が行われており、1974年に冒険家・鈴木紀夫が小野田との接触に成功、同年3月、小野田はフィリピンに投降し、日本へと帰還することとなりました。
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ブラジルへと移住、経営者に。
無事日本へと帰国した小野田でしたが、マスコミの過激な報道攻勢や日本社会の変貌ぶりに適応することが出来ず、ブラジルへ移住することを決断。ブラジルで牧場の経営に携わり、成功を収めることとなりました。その後、晩年は保守系の活動家としても活動。日本会議代表委員などを歴任し、講演を行うこともありました。そして2014年1月、肺炎のため都内の病院で91歳で亡くなっています。
「生きる-親が変われば子も変わる-」 小野田寛郎さんが講演
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このように、まさに文字通りの“激動”の昭和を生きた小野田寛郎。このたび公開が決定した『ONODA(原題)』では、彼の生き様にどこまで迫れているのか?ぜひ劇場に足を運んで確かめておきたいところです!