モデルの奥山さんが作った「実績」

奥山玲子さんが東映動画(現・東映アニメーション)に入社したのは1958年でした。そこで小田部羊一さんと知り合い、結婚するのです。奥山さんの写真を拝見すると、そこにはいつもお洒落で素敵な姿があります。

奥山玲子さんと小田部羊一さんの結婚式 『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』より 

当時、東映動画に「出産しても仕事を続けている女性」はいませんでした。しかし奥山さんは産休6週間後に復帰します。夫の小田部さんはこう証言します。
 
もちろん、産休が終わったら即、復職です。そういえば最初は母乳を飲ませていました。もう出すぎるぐらい出てたんですよ。それが出産後1ヵ月目ぐらいだったと思うんですけれども、東映動画の仲間で展覧会をやろうとなったとき、それに参加して絵を描きだしたら、母乳がピタッと止まっちゃった。見事なくらい。あれにはびっくりしました。

子育てに関しては、最初は保育園も見つからなかったんですよ。病院が経営している託児所みたいなのを探して。それもだめなときはおふくろに頼むとか、知人に頼んだり。で、やっとのことで保育園を探して申し込んで。保育園は夕方6時までしか見てくれない。だからちょっとでも遅れて迎えに行くと、たった1人で子どもが待ってるわけです

 

特に子どもが幼い時には「病気問題」も大きくのしかかります。私には3歳違いで子どもが2人います。インフルエンザが猛威をふるっていたとき、なんとかかんとか1週間、上の子の保育園を休ませました。しかし翌週に下の子も休ませなければならなくなったときは、目の前が真っ暗になったものです。
 
僕らは病院が子どもの一時預かりをやってると聞いて、そこに頼んでたんですが、そしたら宮さん(宮﨑駿)もすぐ聞きつけて、そこに子どもを預けたり。みんな数少ない情報を頼りに子どもを預かってくれるところを探していましたね」(小田部さん)