"おっさん"がブーム!? 予想外の展開、春のテレビ事情
テレビ界では春の新編成がスタートしている。ヒットしている番組、つまずいた番組、1カ月を経過した時点での成績はさまざまだが、その中で事前の予想を上回る数字を上げている番組に"おっさん"たちの活躍モノがある。"おっさん(=中高年男性)"は物知りで場数は踏んでいるが、スピード感は足りないのが特徴。今、"おっさん"はブームになっているのか、その背景を見ていくと「イケメン」「最新情報」「成功者」があふれる今のテレビに飽きた視聴者心理が感じられる。
【1】「三匹のおっさん2」 テレビ東京 金曜19:58-20:54
北大路欣也(72)泉谷しげる(67)と志賀廣太郎(66)の三人が主役のドラマ。2014年1月から同じ時間帯で放送され、番組の知名度を徐々に上げてきた。その評判を受けて、4月から第2シリーズがスタートした。初回の視聴率は11.0%と、二桁を取るドラマが少なくなる中、大健闘している。
有川浩の小説が原作。定年退職した主人公が、昔の悪ガキ仲間と自警団を結成し町内を巡回しながら事件解決に当たる。有川浩は直木賞候補にも上がっているが、元々はライトノベルを得意とする女性作家で「図書館戦争シリーズ」や自衛隊を舞台にした「空飛ぶ広報室」など、マニア心を刺激する描写がうまい。
「向田邦子が手掛けたようなホームドラマをめざした」と彼女が説明するように、大事件は起きないが、剣道をやっている、柔道が得意、電気や機械に詳しいという三人の個性が際立ち、やりとりが楽しい。おっさんらしさもところどころに組み込まれている。使っている電話はガラケーだし、血圧や血糖値の話題も具体的だ。古いものを思い出させ、ほのぼのとした気持ちにさせる。子どもが見ても楽しいと評判だ。
【2】「ブラタモリ」 NHK総合 土曜19:30-20:15
こちらはおなじみタモリ(69)の散歩番組。2009年から12年にかけて放送されていたタモリ風散歩番組の復活版だ。かつてはフジテレビの「笑っていいとも!」の生放送が月曜から金曜まであったので東京周辺に限られていたが、昨年3月に「いいとも!」が終了したことで散歩の場所を全国に拡大することになる。すでに長崎、金沢と遠出している。
4月5日の第1回目の視聴率は10.0%と好調だ。長崎ではお得意の坂道を語ったり、「海が玄関ということを忘れると長崎を見誤る」などの名言を吐いたりしている。金沢では金沢城の石組みの奇妙さを観察したり、自ら金箔作りや砂金取りに挑戦したりと、知識の豊富さと体を張ったレポートを繰り広げている。視聴者としては、ゆったりとした散歩気分を味わいつつ、金沢の名前の由来は「金が取れる沢」から来ていることを知ったり、金箔作りが二人で叩いて伸ばすことを目にしたりできる。歴史好きから初心者まで「なるほど」と思わせる話題が詰まっている。
また、今シリーズからタモリの相手を務める桑子真帆アナウンサー(27)の人気も急上昇している。仕事を感じさせない自然な態度が素敵という評判の一方、BSプレミアムの子ども向け番組ではかぶりものに挑戦していたことや東京外語大でブラジル研究会に所属し浅草サンバカーニバルで優勝したこともある、などの"個人情報"もネットに上がるようになっている。彼女の人柄が人気に貢献しているようだ。
【3】 「しくじり先生 俺みたいになるな!!」 テレビ朝日 月曜 20:00-20:54
ちょっと変わったバラエティー番組が「しくじり先生」。人生を盛大にしくじった人から「しくじりの回復法」を学ぼうというコンセプトだ。石田純一(61)が「女性スキャンダルでどん底」、浅田舞(26)が「妹が天才でグレちゃった」など、成功している人たちもしくじりを越えて今のポジションがあるという話を放送してきた。好評だったため4月に深夜枠からゴールデンタイムに移動してきた。初回は12.8%と好調なスタートを切った。
教室に見立てたセットに学級委員長のオードリーの若林正恭(36)らが座るが、この番組の主役はあくまで人生で失敗をした先生たち。初回の4月20日は堀江貴文(42)や前園真聖(41)が普通の"おっさん"として登場した。
堀江はロン毛でTシャツ姿だった30代の自分を「世の中をなめていた」と反省し、刑務所の中で紙袋をひたすら折る毎日を語った。刑務所の中で「苦手な仕事も打ち込むことで好きな仕事に変えられる」という教訓を得たという。
前園は、遊ぶ時間もないほどサッカー一筋だった高校生活がプロになると一転した様子を告白した。アトランタ五輪でブラジルを破ってスターになると、一流ブランドの服を着てピンクのポルシェに乗り大騒ぎをするような毎日を送っていたという。本当は酒が弱かったのに無理して飲む日々が続き、飲酒でトラブルを起こして仕事も信用も失うことになった。今は謙虚に「出来ないと言う勇気を持つことが大切」と語った。
どれもスキャンダルとして多くの人の記憶に残るだけに、その経験談は説得力があり、見る者の胸を打つものがあった。
「イケメン」「最新情報」「成功者」があふれるテレビへの反発
こうした番組の人気の背景には、テレビの熱心な視聴者の年齢層が上がり"おっさん"たちを身近に感じるようになっていることがあると言われる。ただ、その数字は中高年だけでは作れない。かなりの数の若い人たちも支持していることがインターネットの投稿からもうかがえる。
今のテレビ界は10年程前から始まったイケメンブームに乗り、若くて見栄えのする男たちを多数出演させるのが視聴率獲得の常とう手段になっている。だが、それが長く続くとイケメン過多の状況を生み出し、イケメン目当ての視聴者を分散化させたうえ、飽きさせてしまったように思える。その反作用として、人生のピークを過ぎ体に多少ガタが来ているような"おっさん"はテレビの中で新鮮に映る。
また、インターネットが普及して、決定的瞬間からおもしろ動画まで世界の最新情報がめまぐるしくテレビの中で飛び交うようになっている。そうした番組が並ぶ中では、歩いて訪ねる散歩番組のゆったりしたテンポは見る者をホッとさせる。
さらに、今注目される人物、セレブや成功者、スターを引っ張り出すことは、競争の激しい世界で仕事するテレビ制作者にとっては最優先事項だ。結果として多くの番組に、華やかで派手な人と話題があふれることになる。その中で、かつてもてはやされた人が、自分の失敗を率直に認め、若い人たちに語る姿は共感を呼ぶ。
驚くべきことを探すこと、新しい人材を見つけ出すことは制作者の使命ではある。だが、それが行き過ぎると視聴者は飽きてしまう。"おっさん"の特徴は、経験と知識と無理できない体にある。くたびれかけた"おっさん"にも使いようはある。私にはこのちょっとした"おっさん"ブームが、新しいものを追い求め過ぎたことへの反動にあるように思えてならない。 (文中敬称略)
日経BPヒット総合研究所 上席研究員。日経エンタテインメント!編集委員。学習院大学卒業後、ラジオ関東(現ラジオ日本)入社、音楽番組を担当する。87年日経BP社に入社。記者としてエンタテインメント産業を担当する。97年に「日経エンタテインメント!」を創刊、編集長に就任する。発行人を経て編集委員。著書に「ヒットを読む」(日経文庫)がある。
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