火星への移住は無理だった? そこに「大気」はつくれない、という研究結果

火星への人類の移住を計画しているのはイーロン・マスクだが、それは本当に実現可能なのか──。ここにきて、それは「ほぼ不可能である」ことを示す研究結果が発表された。米研究チームの論文によると、既存のテクノロジーでは火星を人間が暮らせるような大気をもった環境にすることは難しいのだという。専門家からは「まだ希望はある」との指摘もあるなか、そもそも火星に移住する意義も問われ始めている。
火星への移住は無理だった? そこに「大気」はつくれない、という研究結果
PHOTO:NASA/JPL/UNIVERSITY OF ARIZONA

火星に行きたい」という話であれば、(ある程度は)同意できる。計画としては悪くない。まずは有人宇宙船を打ち上げる。月面基地を築いて、そこで資源を採掘するためにもっと多くの宇宙船と人間を送り込む。そして本格的なドーム型の都市を建設すれば、次はいよいよ火星のテラフォーミング(惑星の地球化)だ。

火星に生命が生存できる環境をつくり出すというアイデアは、温室効果という物理現象(地球温暖化などの原因になっているものだ)に依拠している。火星の土地は凍った二酸化炭素に覆われていると考えられているが、何とかして気温を上げれば表面のドライアイスと氷が溶けて、海と濃厚な大気が創出される。大気中に十分な酸素が含まれるかはわからないが、少なくとも外を歩き回るのに宇宙服は着なくて済むようになるだろう。

そして、ボン!(この「ボン!」という効果音の間に1万年くらいの時間が経ったと考えてほしい)。ハードSFの世界では定番の「地球の植民地となった火星」が誕生するというわけだ。

火星で温暖化は起こらない?

完全に妄想の世界というわけでもない。天文学者のカール・セーガンは1971年に「惑星エンジニアリング」というアイデアを打ち出した。「現在より温暖な気候条件を作り出す」ために、火星の両極付近の氷を溶かして炭酸ガスを発生させるというのだ。

20年後の1991年、惑星科学者のクリス・マッケイは『Nature』誌に発表した論文で、火星に十分な二酸化炭素と水と窒素があれば、そこから大気を創出することは可能だと結論づけた。

その後も、火星を太陽からの有害物質を跳ね返してくれるだけの大気を備えた星につくり変えることは可能なのか、という研究は続けられてきた。そして7月末に発表されたばかりの論文が正しければ、既存のテクノロジーでは地球のような楽園を生み出すのは不可能なようだ。

この論文を書いたのは、コロラド大学で惑星科学を研究するブルース・ジャコスキーと、ノーザンアリゾナ大学のクリストファー・エドワーズだ。ジャコスキーはこう説明する。

「ある程度は純粋な二酸化炭素を集めることはできるようになっています。しかし、大半は宇宙空間に拡散してしまうでしょう。また気温の低い両極付近で固体化したり、少量は炭酸塩鉱物になる可能性もあります」

鉱物中に炭酸塩として含まれるぶんや、そこにクラスレートという状態で存在するわずかな二酸化炭素を加えても、状況は変わらない。ジャコスキーは「仮にすべてが大気になったとしても、温暖化を引き起こすには足りません」と話す。

大気をつくることは「ほぼ不可能」

地球の大気圧は地表では約1バールだ。火星の温度をある程度上昇させるには、それだけの量の二酸化炭素が必要になる。そこまではいかなくても、火星の大気圧が250ミリバールになるだけで、気温には大きな変化があるだろう。そして、実際に過去にはそれだけの大気が存在したと考えられている。

これまでの研究では、遠い過去には火星に液体の水があったことが明らかになっている。つまり、気温も大気圧も水が存在できる程度には高かったのだ。ジャコスキーによれば、火星に存在する二酸化炭素の割合が地球か金星と同程度であれば、その総量は固体や鉱物化したものをすべて合わせて20バール程度にはなる可能性もある。

ジャコスキーはこう続ける。「火星をめぐっては過去40年にわたり、炭酸塩の探査が合言葉になっていました。なぜなら、大気中の二酸化炭素は地中に吸収され、地殻の内部に炭酸塩として貯蔵されているはずで、それならおそらくは取り出すことが可能だからです。一方で、二酸化炭素が大気から宇宙空間に流出してしまったのであれば、回収することはできません」

米航空宇宙局(NASA)の周回探査機「マーズ・リコネッサンス・オービター」から送られてきたデータからは、炭酸塩の堆積地と見られる場所がたくさん見つかった。しかし、2014年から火星の周回軌道上で観測を続ける「MAVEN(Mars Atmosphere and Volatile Evolution)」の調査では、二酸化炭素が宇宙に拡散していることが確認されている。ジャコスキーはMAVENプロジェクトの主任研究員だが、火星への移住を夢見る人びとにとっては、この研究結果は残念なものだろう。

極周辺の氷の層が溶ければ、15ミリバール程度の気圧は確保できる。炭酸塩を含む鉱物の採掘ではおそらく15ミリバール以下で、特殊な方法を使っても150ミリバール以上を得ることは無理だろう。また、地中に吸収されている二酸化炭素もあるが、こちらは地下100mまで掘り進んでもせいぜい40ミリバールといったところだ。

ジャコスキーは、「40〜50ミリバール以上の大気を作り出すことはほぼ不可能だと考えています。この程度では気温への影響はまったくありません」と言う。「ほかにいくつか二酸化炭素の発生源を探し出すことはできると思いますが、それでも著しい温暖化を引き起こすだけの量には程遠いでしょう」

なるほど……。

気圧は300ミリバールあれば十分?

しかし、ジャコスキーが間違っている可能性もあるのではないか。火星への植民を提唱するマッケイは、「火星の環境を変化させるうえで鍵となるのは、二酸化炭素、窒素、水の総量です。火星にこうした物質はどれだけあるのかについては、まだ正確にはわかっていません」と指摘する。

MAVENの調査で火星にあった二酸化炭素の一部が失われたことは明らかになったが、すべてが宇宙空間に消えてしまったわけではない。つまり、マッケイは「まだ希望はある」と言うのだ。「地中にある二酸化炭素の総量はまったく不明だと言っていいでしょう。十分なデータはなく、それを知るためには実際に地下深くまで掘って地質調査を行う必要があります」

火星で驚くべき事実が次々と明らかになっているのは確かだ。7月末には液体の水の存在が確認されたという発表があった。だからこそ、ジャコスキーの論文が火星植民構想の提唱者たちを意気消沈させることはない。

関連記事火星に「液体の水」の証拠があったなら、生命も存在しうるのか?

航空宇宙技術者で火星の探査および植民の促進を目的とした非営利団体(NPO)「火星協会」を設立したロバート・ズブリンは、ジャコスキーの論文にある数値は「体系立てて悲観的な見方」をしていると話す。彼の理論では1バールは必要ない。300ミリバールで十分だという(エヴェレストの頂上の気圧がこの程度だ)。「気圧が200ミリバールあれば宇宙服を着る必要はありません。そして、内部の気圧が外気と同じドームを建設することができます」

ズブリンとマッケイはまた、既存の仮説を発展させれば、未来の展望は大きく変わってくると主張する。例えば、人工の温室効果ガスはどうだろう。火星にもある塩素からフロンガスを生成して散布すればいい。

もちろん、実際にどうやるのかという問題はある。また、このいわば「スーパー温室効果ガス」によって火星にわずかに残されたオゾンを破壊することは避けなければならない。さもなければ、火星には放射線に加えて、人体に有害な強烈な紫外線が降り注ぐようになるだろう。

そもそも、なぜ火星に向かうのか?

参考までに書かせてほしいが、火星の植民化の提唱者なら、当然ながら地球温暖化を否定はしないだろう。どちらも同じ理論の元に成立しているからだ。火星へのテラフォーミングが不可能だとしても、足元の地球では確実に気候変動が進行している。それを引き起こしているのはわたしたち人類だ。

さらに蛇足だが、水の発見により、火星に生物が存在する可能性がわずかだが高まった。赤い惑星に生命が存在するとすれば、テラフォーミングのもつ意味が変わってくる。人類の植民によって既存の生物に影響が及ぶことは必至で、科学的なことに加えて倫理的な議論もなされる必要があるだろう。

そこで最後の質問だ。なぜ、火星への移住を目指すのか?

ジャコスキーはこう話す。「科学からは離れて、テラフォーミングについて根本的に問い直してみましょう。地球に住めなくなった場合に備えてバックアップとして居住可能な場所を用意しておくというのは、ばかげた議論だと思います。外的な要因も考えられますが、地球環境を破壊しているのは人類です。はるか遠くの火星を変えるより、地球というわたしたちが住むうえで素晴らしい環境を備えた惑星を守ることのほうが、よほど簡単です」

火星探査は必要だし、そのための火星基地の建設にも賛成だ。ただ、都市のような居住空間となると疑問が生じる。海や運河など本当につくれるのだろうか。深呼吸して、落ち着いて考えてみてほしい。わたしたちが知る限り、こうしたものが存在しうるのは広大な宇宙で地球だけなのだ。


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TEXT BY ADAM ROGERS

TRANSLATION BY CHIHIRO OKA