【クリント・イーストウッド】現代のハリウッドを代表する人物、そのキャリアを振り返る。
2017年3月29日 更新

【クリント・イーストウッド】現代のハリウッドを代表する人物、そのキャリアを振り返る。

クリント・イーストウッドの映画は、映画の持つ奥深い魅力を教えてくれます。鑑賞後は、何ともいえない静寂と独特な余韻が心に残ります。現代のハリウッドを代表する人物とされるクリント・イーストウッドについて、その半生を振り返ります。

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クリント・イーストウッド

当代のハリウッドを代表する人物です

当代のハリウッドを代表する人物です

クリント・イーストウッド(Clint Eastwood、本名:Clinton Eastwood, Jr.、1930年5月31日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ出身の映画俳優、映画監督、映画プロデューサー、作曲家、政治活動家。
俳優として数多くの西部劇やアクション映画に出演。自身最大の当たり役であるハリー・キャラハン役を演じた『ダーティハリー』シリーズでスーパースターの地位を不動のものとした。
監督としても『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー作品賞とアカデミー監督賞を2度受賞するなど、現代のハリウッドを代表する人物と目されている。

クリント・イーストウッドのキャリア

生い立ちと初出演後の不遇

4か国の血を引くクリント・イーストウッド

4か国の血を引くクリント・イーストウッド

クリント・イーストウッドは父クリントン・イーストウッド・シニアと母モーガン・イーストウッドの間に生まれる。スコットランド、アイルランド、ドイツ、イングランドの4か国の血をひいている。
家系はメイフラワー号の乗員で港町プリマスを統治したウィリアム・ブラッドフォードを祖とする名家であるが、幼い頃の生活は世界恐慌の煽りを受け苦しかった。
オークランド・テクニカル・ハイスクール卒業後、朝鮮戦争のさなかである1951年に陸軍に召集され入隊。2年後の1953年に除隊後、サウス・カリフォルニアに移住。アルバイトの傍らロサンゼルス・シティ・カレッジの演劇コースを専攻。
1950年代初めにユニバーサル映画と契約を結ぶが、当初は『半魚人の逆襲』『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』といったB級映画の端役しか与えられないという、不遇の時代を過ごす。

TVシリーズ『ローハイド』2人の師との出逢い

人気はヨーロッパで先行、「ダーティハリー」でその地位を不動に

人気はヨーロッパで先行、「ダーティハリー」でその地位を不動に

1959年からCBSで放映されたテレビ西部劇『ローハイド』で、ロディというカウボーイを演じる。同作品は約7年間に亘り220話近く製作された人気シリーズとなり、イーストウッドの知名度と人気は世界的に高まった。
1964年にはセルジオ・レオーネ監督にイタリアに招かれ、マカロニ・ウェスタンの嚆矢でありかつそれを代表する作品となった『荒野の用心棒』に出演。その後も『ローハイド』の撮影の合間を縫って『夕陽のガンマン』、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』と都合3作のレオーネ作品に出演した。
この3作品で名無しの男を演じたイーストウッドはレオーネを師と仰ぎ、レオーネの逝去まで交友を続けた。これらの映画の人気により、イーストウッドの映画俳優としての評価はヨーロッパが先行し、アメリカに逆輸入された形となった。
『マンハッタン無宿』で出逢ったドン・シーゲルと再びタッグを組んだ『ダーティハリー』でイーストウッドは型破りな刑事ハリー・キャラハンを演じた。これはシーゲル作品としてそれまでで最大のヒットとなり、イーストウッド本人もこの作品で人気アクション・スターとしての地位を不動にした。
現在においてもイーストウッドの俳優としての代表作として真っ先に挙げられるのがこの作品である。『ダーティハリー』シリーズは、この後4作品が製作されている。

ダーティハリー・あの・名台詞を山田康雄 頭をキレイにHigh quality - YouTube

☆ダーティハリー(Dirty Harry)が公開された当時、日本の主人公達も、誰もが「44MAGNUM」を意味もなくぶっ放しました。けれど、ハリーの迫力には遠く及ばない。

監督業に進出し成功

監督業と俳優業を両立

監督業と俳優業を両立

1968年に映画制作会社マルパソプロダクションを設立。1971年に『恐怖のメロディ』で初監督。俳優業の傍ら『荒野のストレンジャー』『アウトロー』などの作品を立て続けに発表。
自らのプロダクションで製作した小規模ともB級とも呼べる作品でのみ主演し、監督業と俳優業を両立しながら地位を確立。
1992年、師であるセルジオ・レオーネとドン・シーゲルに捧げた“最後の西部劇”『許されざる者』を監督兼主演で制作。第65回アカデミー賞監督賞、作品賞を受賞、第50回ゴールデングローブ賞監督賞を受賞した。この頃から『マディソン郡の橋』『ミスティック・リバー』といった文芸性の高い作品も手がけている。
2004年の『ミリオンダラー・ベイビー』で2度目のアカデミー作品賞/アカデミー監督賞のダブル受賞を果たす。74歳という、最高齢での受賞記録となった。
2006年に『父親たちの星条旗』・『硫黄島からの手紙』の2部作を発表。これはアメリカがかつての日米戦争において最大級の痛手を受けた「硫黄島の戦い」を、日米双方の視点から2作に分けて描くという方法で製作されている。

映画「ミリオンダラー・ベイビー」日本版劇場予告 - YouTube

『ミリオンダラー・ベイビー』で2度目のアカデミー作品賞/アカデミー監督賞のダブル受賞を果たす。

このとき74歳、これまでの受賞者で最高齢での受賞記録を樹立した。

いまなお現役

今後の俳優活動

今後の俳優活動

2008年の『グラン・トリノ』をもって「もう積極的に役は探さない。いまの映画の役は、みんな若い役者向けに書かれているから。」と語り、実質的な俳優引退宣言を行った。
しかし後に日刊スポーツのインタビューでは「演じたい役があれば(俳優に)戻ってくるかもしれない」ので、自身からは“ 引退 ”という発言は積極的に用いないという趣旨の発言もしており、揺れ動く心情を吐露している。
2012年には『人生の特等席』で老いたメジャーリーグスカウトマン役として、4年ぶりに映画に出演。

エピソード

ジャズへの造詣が深い

ジャズへの造詣が深い

古くは1962年2月21日にも『ローハイド』に一緒に出演したエリック・フレミング、ポール・ブラインガーと共に来日している。イーストウッドらが東京国際空港に到着した時のモノクロ映像が現存し、近年でもテレビ番組で紹介された。
ジャズに対する造詣が深く、ジャズの巨匠であるチャーリー・パーカーを題材とした『バード』を監督、プロデューサーとして『セロニアス・モンク ストレート・ノー・チェイサー』を製作している。また、『ミスティック・リバー』、『ミリオンダラー・ベイビー』『父親たちの星条旗』では、音楽担当のクレジットにもその名を連ねている。『さよなら。いつかわかること』では初めて音楽のみを担当。
イーストウッド家は代々ジャズを嗜好しており、クリントの祖母の代から始まり、クリントの息子カイル・イーストウッドはジャズ・ベーシストとして活躍している。

Rawhide ローハイド - YouTube

懐かしの映像
映画作品のチラシが1枚で数十万円単位まで高騰することも

映画作品のチラシが1枚で数十万円単位まで高騰することも

出演した映画作品のチラシは、スティーブ・マックイーンと双璧を成すほど人気が高く、『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』『華やかな魔女たち』『奴らを高く吊るせ!』といった作品の初版チラシに至っては1枚で数十万円単位まで価格が高騰しているものも存在。
「Clint Eastwood」という名前はアナグラムで「Old West Action」(懐かしい西部劇)である。

決闘~ひと握りの札束(荒野の用心棒) - YouTube

クリント・イーストウッドを一躍有名にした「荒野の用心棒」のあまりにも有名なラストシーン。
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