『ザ・トップテン』では放送第1回目の第1位、かつ10週連続1位という同番組の最長記録を樹立し、根強い人気を誇った『ルビーの指環』。しかしその背景には曲を出すに至るまでに苦難のエピソードがありました。当初、所属プロダクション専務から否定された寺尾聰を救ったのは、あの大物俳優の一言でした。
寺尾聰さんが西部警察で多忙を極めた時期、歌手として大ヒットしたのが、81年度年間1位曲にもなったルビーの指環でした。前途の様に当時ドラマ撮影で多忙を極めながらも、ベストテン・トップテン・夜ヒット・Mフェアにも出演し、この年のFNS歌謡祭では当時の西部警察レギュラー陣(舘ひろしさん・峰竜太さん他)が、更に大晦日のレコ大には渡哲也さんがそれぞれ出演し、同日の紅白にも出演しました。
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お経みたいと言われた寺尾聰『ルビーの指環』を輝かせたのは大物俳優Y.Iだった!
『ザ・トップテン』では放送第1回目の第1位、かつ10週連続1位という同番組の最長記録を樹立し、根強い人気を誇った『ルビーの指環』。しかしその背景には曲を出すに至るまでに苦難のエピソードがありました。当初、所属プロダクション専務から否定された寺尾聰を救ったのは、あの大物俳優の一言でした。