MAXギャラ1本1,000万円【卑弥呼】元ミス日本のAV時代をヌード画像で振り返る。
2016年8月10日 更新

MAXギャラ1本1,000万円【卑弥呼】元ミス日本のAV時代をヌード画像で振り返る。

デビュー作品でギャラ500万円!ミス日本東京代表に選ばれて1ヶ月後にAVデビューした裏には、あの天才監督がかかわっていた!当時大人気だった彼女のエロエロなヌードを振り返ってみましょう!

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卑弥呼って、どんな人?

卑弥呼(ひみこ 1971年9月3日)

卑弥呼(ひみこ 1971年9月3日)

1990年代前半に活動した日本のAV女優である。村西とおるが率いたダイヤモンド映像を代表するAV女優の一人。東京都豊島区池袋出身。ボディサイズはT166/B90/W60/H87(デビュー時)→T166/B90/W60/H89(復帰時)。血液型AB型。
1990年度の「ミス日本」の東京代表(グランプリではない)に選ばれる。受賞の翌月、1本500万円の出演料で『大和撫子タマの腰』でAVデビュー。日本版トレイシー・ローズと呼ばれたボディスタイルと美貌、持ち前の明るいスケベっぷりで、ダイヤモンド映像専属女優の中でもトップクラスの人気を誇った。芸名は村西とおるの発案による。

(引用:wikipedia)
1990年、ミス日本の東京代表って本当!?

1990年、ミス日本の東京代表って本当!?

グランプリではなかったので、ミス日本に選ばれた時の画像を見つける事ができませんでした。
※画像は、1990年ミス日本決勝大会のものです。この年のグランプリは、「相馬和実」さん。

ちなみに、ミス日本の決勝大会に出ればミス日本を名乗れるようです。

ミス日本を受賞した翌月デビュー!ギャラは何と500万円!?

デビュー作品『大和撫子タマの腰』(1990年7月11日...

デビュー作品『大和撫子タマの腰』(1990年7月11日、ダイヤモンド映像)

さすがミス日本!と言わざる得ないゴージャスなスタイル!
芸名を発案した「村西とおる」さんが監督と思いきやそうでは無いようです。
ファンから人気の高い作品のようで、どうも村西監督作品ではない方が人気が高いような…。
卑弥呼

卑弥呼

『大和撫子タマの腰』より

浴衣姿がそそられます。
卑弥呼

卑弥呼

『大和撫子タマの腰』より
デビュー後、ダイヤモンド映像系から20本以上の作品をリリース。一旦AVの仕事は休むのだが、1993年にクリスタル映像でAVに復帰。6本のビデオに出演したのち、業界から引退することになる。

ミス日本が、なぜいきなりAV女優に!?そこには、天才監督「村西とおる」が関係していた!

※テキストの量が多いので興味のない方は飛ばしちゃって下さい!セクシーなヌード画像はこの後すぐです!
「村西とおる」の巧みなスカウト術によりAV業界へ…

「村西とおる」の巧みなスカウト術によりAV業界へ…

※画像はデビュー2作目の『「やってなさそうでそんなんじゃない娘』より
卑弥呼は、私立女子校に在学中からモデルをめざし、ミス日本東京代表にも選ばれるほどのスタイルと美貌に恵まれた十八歳で、高校を卒業すると、本来ならそのまま付属の女子大にあがれるところ成績が足りなかったために、予備校で浪人生活を送っていた。村西監督に高校生の頃からしきりにAV出演を勧められ、高校を卒業するとオーストラリアやハワイ、ギリシャに写真集撮影の旅行に招かれ、一流モデルの気分を堪能すると、あとは札束攻勢を受けた。
予備校生のままAVデビューを果たした。
リッチな海外旅行に札束攻勢!高校卒業したての18歳だったら落ちちゃいますよね~。
恐るべし、「村西とおる」!
当時の「村西とおる」とはどんな人物だったのか?

当時の「村西とおる」とはどんな人物だったのか?

当時の状況を語っているサイトがありましたので下記に引用します。
少し長いので、興味がない人は飛ばしちゃってください!
伝説的なAV監督、村西とおる氏(66)は、自身が88年に設立したAVメーカー「ダイヤモンド映像」が「最盛期は年商100億円。世の中の金が勝手にこっちに向かって走ってくるみたいな感じでございました」と振り返ります。
(中略)
1983年に猥褻(わいせつ)図画販売目的所持容疑で全国指名手配、逮捕された村西監督は、執行猶予付きの有罪判決を受けて釈放後、アダルトビデオに進出したわけですが「違法な商売だったので売上を取り上げられて、無一文で出所してクリスタル映像の社長に拾われた」後、半年間の拘置を経て「これからは写真じゃなく、映像の時代が来るだろうってことでAV監督になったわけですよ」と本書で明かします。
(中略)
ビデオデッキの爆発的普及と、それを受けたレンタルビデオ店の急増を背景に、AV業界も爆発的な成長を遂げるのです。
なので、当初はどちらもまだ普及率が低く、苦戦が続きますが、村西監督は「ナイスですね~!」を連発する特異なキャラと、86年10月、主演女優の黒木香さんが絶頂に達するとホラ貝を吹くというユニークな演出で話題となった「SMぽいの好き 黒木香」を爆発ヒットさせたのを機に、ビジネスを軌道に乗せ、88年9月に前述のダイヤモンド映像を設立。松坂季実子さんや桜木ルイさんら人気女優を次々輩出。
(中略)
問屋からのバックオーダーも1日20本程度で、当時、ビデオは1本9000円だったので売り上げは18万円。これが最大で1日1万本、売り上げにして9000万円(繰り返しですが、1日ですよ!!)と、狂ったような状況に。
 ダイヤモンド映像は年商100億円、市場占有率35%と急拡大。本書で村西監督は「女優に払うギャラは1本500万円とか600万円とかですね。1990年にデビューした卑弥呼(ひみこ)には最高額で1本1000万円というゴージャスすぎるギャラを払いました」「1本撮れば3000万円は平均して儲かりましたからね、あの頃は。自分の収入がどれくらいあったのかは詳しく覚えてないけど、後々1億6000万円の都民税を滞納したとして都税事務所から追いかけられましたから」と振り返ります。
デビュー作品でギャラが500万円だった「卑弥呼」さん。
なんと最高で1,000万円のギャラを手にしていたんですね~。

うる覚えですが、だいぶ昔のテレビか雑誌のインタビューで監督が「卑弥呼はいい女だった。2人で街を歩いているとみんな振り返る。」と語っていました。

日本のトレイシー・ローズ!「卑弥呼」のセクシーなヌードを振り返ってみましょう!

卑弥呼

卑弥呼

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