「ジョン・ストックトン」実直・堅実が良く似合う歴代1位のアシスト王【偉大なるNBAスター】
2016年11月25日 更新

「ジョン・ストックトン」実直・堅実が良く似合う歴代1位のアシスト王【偉大なるNBAスター】

ジョン・ストックトン。彼は、NBA歴代最多のアシスト・スティール記録を持ち、ドリームチームに選ばれバルセロナオリンピックで金メダルを獲得しているにもかかわらず地味な印象が拭えない。そんなジョン・ストックトンを名場面と共に振り返ろう。

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NBAで最高のPGは誰か?そんな質問はNBAが好きな人なら誰でも一度は答えたことがあるだろう。
マジック・ジョンソン?アイザイア・トーマス?古いNBAファンならそう答えるかもしれない。
スティーブ・ナッシュ?ケビン・ジョンソン?このあたりの名前は好みのプレイヤーなら挙がるかもしれない。

だが、誰がなんと言おうと歴代No.1のPGはジョン・ストックトンである。
この地味だが堅実で確実なポイントガードを今あえて振り返ってみたい。
John Stockton

John Stockton

NBA記録

通算アシスト数:15,806(歴代1位)
1シーズンで記録したアシスト数:1,164(1990-91)
シーズン1試合平均アシスト数:14.5(1989-90)
通算スティール数:3,265(歴代1位)
一つのチームに在籍し続けた期間:19シーズン
同一チームでの出場試合数:1,504
優勝していない選手におけるプレーオフ出場試合数:182
プレーオフ出場連続年数:19
シーズン最多アシスト回数:9
シーズン最多アシスト連続年数:9

輝かしい業績一覧

オールNBA
1stチーム:2回(1994,1995)
2ndチーム:6回(1988,1989,1990,1992,1993,1996)
3rdチーム:3回(1991,1997,1999)
オールディフェンシブ
2ndチーム:5回(1989,1991,1992,1995,1997)
オールスターMVP:(1993)
オリンピック男子バスケットボール金メダル獲得:2回(1992バルセロナ大会、1996アトランタ大会)
NBA史上最も偉大な50人に選出:(1996)
年間1000アシスト以上を7回記録。他に年間1000アシストを記録した選手はアイザイア・トーマスとケビン・ポーターのみで、共に一回だけ。
1シーズンで記録したアシスト数の1位から4位までの記録を独占。
通算FG%.515は、ガードとしては史上4番目の高さ。
NBAファイナル出場:2回(1997,1998)
オールスター戦出場:10回(1989,1990,1991,1992,1993,1994,1995,1996,1997,2000)
3ポイントシュートコンテスト出場:2回(1992,1997)
19シーズン中17シーズンで全試合出場。
1990年2月13日から97年4月20日にかけ、NBA史上8番目の長さとなる609試合連続出場を記録。
NBAに在籍した19シーズン全てで、プレーオフに出場。
月間MVP選出:1回(1988年2月)
週間MVP選出:6回
プレーオフ出場試合数歴代10位

ドラフトに指名される時から地味だった

ドン・モリソン率いるアイダホ大学やマイク・モンゴメリーのモンタナ大学などからも誘いがあり、大学進学を迷ったジョン・ストックトンだったが、最終的には地元でダン・フィッツジェラルドのゴンザガ大学を選択する。

大学4年時には平均20.9得点、7.2アシストを記録しているがゴンザガ大学が無名だったため、それほど注目を集めることはなかった。
ゴンザガ大のストックトン

ゴンザガ大のストックトン

そして、1984年6月のNBAドラフト。ドラフト全体の16位でユタ・ジャズからの指名をうける。

大学のキャリアで、ストックトンの価値は、ドラフト前数ヶ月で大幅に上昇していた。
だが、ドラフト当日にソルトパレスに集まっていたジャズファン数千人は、ジャズがストックトンを選択した時、会場は水を打ったように静かになった。
JAZZに指名を受けるストックトン

JAZZに指名を受けるストックトン

カール・マローンとの名コンビ結成

カール・マローン

カール・マローン

ストックトンが入団したユタ・ジャズは1985年にカール・マローンを獲得する。
また、それまでチームの中心選手だったエイドリアン・ダントリーが翌シーズンにトレードされ、1988年にコーチにジェリー・スローンが就任して以降、この2人を中心としたチーム体制が16年間続いていく。

1人が一緒に出場したレギュラーシーズンの試合数は、1412試合。他に類を見ない数字である。
メイルマン(郵便配達人)と呼ばれたカール・マローンに届けていた実際の郵便配達人は、ストックトンだったのである。
メイルマン(カール・マローン)との名コンビ

メイルマン(カール・マローン)との名コンビ

マローンとストックトンの得点パターンには、有名なピック・アンド・ロール。

相手のディフェンダーの動きを止めるプレイからフリーになった選手が得点するという一連の流れは実に効果的に機能し、相手チームや観客の誰もが知っているプレーでありながら洗練されたプレーで止める事が困難であり、長年に渡りユタ・ジャズが利用するプレイとなった。
それでもリングを取れなかったコンビ

それでもリングを取れなかったコンビ

ストックトンは引退までユタ・ジャズ一筋だったが、ストックトン引退後にカール・マローンはチャンピオンリングを求めてレイカーズなどへと移籍をしたが、優勝は出来なかった。

彼のチームメイトカール・マローンとともに、ストックトンはNBAチャンピオンシップを獲得したことがない最高の選手の一人と考えられている。
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