バスケの天才・田臥勇太が15歳でユーイングと共演!進研ゼミのCM
2017年10月28日 更新

バスケの天才・田臥勇太が15歳でユーイングと共演!進研ゼミのCM

身長をカバーする驚異的なスピードと正確なパステクニックで日本人初のNBAプレーヤーになった田臥勇太(たぶせ ゆうた)。 幼い頃から頭角を現していた田臥が15歳の時にNBAのスーパースター、パトリック・ユーイングと共演した歴史的な進研ゼミのテレビCMを紹介。

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日本人初のNBAプレーヤー、田臥勇太(たぶせ ゆうた)

田臥勇太(たぶせ ゆうた)

田臥勇太(たぶせ ゆうた)

1980年10月5日生まれ、神奈川県横浜市出身
身長173cm、体重75Kg
ポジションはポイントガード
バスケットボールの名門高校・秋田県立能代工業に入学し、3年連続でインターハイ・国体・ウィンターカップの3大タイトルを制して史上初の「9冠」を達成。
2004年、フェニックス・サンズと契約し、日本人初のNBAプレーヤーとなった。
2008年よりリンク栃木ブレックス(現・栃木ブレックス)でプレーしている。
日本人初のNBAプレーヤーになった田臥勇太(たぶせ ゆうた)。
小学生の頃、NBAのビデオで見たマジック・ジョンソンのプレーに憧れた田臥は、床屋に行くにもボールを持っていくほどバスケットボールに熱中していったという。

バスケ選手としては小柄ながらも、卓越したセンスとスピード、相手の意表を突くパステクニックで中学生時代には全国3位。大会ベスト5に選出された。
天才バスケ少年・田臥勇太の活躍は話題を呼び、15歳でテレビCMに出演することになった。

CMの共演相手はNBAのスーパースター、パトリック・ユーイング

1995年、当時15歳だった田臥勇太が出演したベネッセコーポレーション『進研ゼミ 中学講座』のテレビCM。
共演相手はなんとNBAのスーパースター、パトリック・ユーイング(当時ニューヨーク・ニックス所属)であった。
パトリック・ユーイング(Patrick Aloysiu...

パトリック・ユーイング(Patrick Aloysius Ewing)

身長213cm・体重115㎏の巨躯といかつい風貌でキングコングの愛称で呼ばれた。
ポジションはセンター。
強靭な身体から発揮されるパワーと卓越した中距離シュートを武器にNBAのニューヨーク・ニックスなどで活躍した。
1984年のロサンゼルスと1992年のバルセロナオリンピック金メダリスト。
『スラムダンク』のバスケ部主将・赤木剛憲はこのユーイングがモデルではないかと言われている。
当初、テレビに出るのを恥ずかしがっていた田臥であったが、撮影がニューヨークでしかも、パトリック・ユーイングと一緒に出演できると聞いて、コロッと態度が変わったという。

動画で振り返る!田臥勇太(当時15歳)の出演CM

【CM動画】進研ゼミ 田臥勇太

共演したユーイングについて、「あんなに大きい人(2m13cm)をそれまで見たことがなかったし、それはもう圧倒的なオーラを放っていました。撮影中の思い出は、彼にドリブルを取られるというシーンで僕が本気になってかわしてしまった時に、取らせてくれよというようなジョークでその場を和ませてくれたことですね」と語っている。
バスケに詳しい人以外は、一般的な知名度が低かった田臥だったが、『巨大な外人に挑むバスケ少年』というコンセプトは視聴者に大きなインパクトを残し、いまだに「CMに出ていたあの子だよね」って言われることもあるとのこと。

このCMで初めてバスケの本場アメリカに行き、NBAの試合を直接観戦し、憧れのユーイングと共演を果たした田臥は、「いずれNBAでプレーしたい!」という想いをより強くした。

だが、CMの視聴者も、撮影に関わったスタッフすらも、この時の少年がいずれ日本初のNBAプレーヤーになるとは想像できなかったに違いない。

CMソングは、B'zの「MOVE」

B'zらしい疾走感あふれるロック。
CMにも使われた「がむしゃらな日々は報われる」のフレーズは、夢を追いかけ懸命に努力する中学生・田臥勇太に対する応援歌のようだった。

B'z / MOVE

作詞:稲葉浩志
作曲 :松本孝弘

1996年3月6日リリース
「ミエナイチカラ 〜INVISIBLE ONE〜」との両A面シングル。

高校時代には史上初の「9冠」を達成。憧れのNBAへ

高校へ進学した田臥は名門・能代工業高校の3年間ですべてのタイトルを取り、史上初の高校9冠を達成した。

高校卒業後、英語を学ぶためブリガムヤング大ハワイ校に進んだ田臥は3年で中退し日本に戻る。
2002年にスーパーリーグ・トヨタ自動車アルバルクに入団した田臥はいきなり活躍、チームの準優勝に大きく貢献し、新人王を受賞、オールスターにもファン投票1位で選出された。

しかし、2003年にはトヨタ自動車アルバルクを退団し、夢であったNBAに挑戦。
数チームで挫折を味わいながらも、2004年9月にフェニックス・サンズと契約、開幕メンバーに登録されて日本人初のNBAプレーヤーが誕生した。

日本人初のNBAプレーヤーは努力の天才。

小さい頃から卓越したボールさばきで活躍し、それからも常に「バスケの天才」と言われ続けていた田臥。
NBAプレーヤーになるという夢を実現できたのもその才能故で、他の日本人では無理だという声もある。

しかし、田臥本人の様々なインタビューで語られるのは常に「バスケへの愛情」と「努力の大切さ」である。
それを最も現わしているのが、次の言葉である。
何回も能代弁で叱られ、何回も英語でも怒鳴られ、
そのうちの何回かは理解できなかったけれど、
何回も小さいから無理だと言われ、
何回も大男が落ちてきて怪我をし、
何日も眠れない夜を過ごし、
何回も人の言う事に耳をふさぎ、
何回も逃げ出そうと思った。けれど、
何万回もパスをし、何万キロもドリブルして、
何万回も相手をフェイクし、何万回も速攻を出し、
何万本もシュートを打って、何十足もバッシュを履きつぶし、
僕はアメリカのコートに立った。
でも、僕の旅は終わりじゃない。
これは始まり。
出典 NIKEのCMより
2004年、田臥選手が日本人として初めてのNBAプレーヤーとなったタイミングで公開されたNIKEのテレビCMで本人が語った言葉。

【田臥勇太×NIKE】伝説のCM

幼い頃の貴重な試合映像が流れる中、NBAに辿り着くまでの道のりとこれからの意気込みを語っている。
偉業を成し遂げても、『田臥は天才』の一言で片づけられてしまう風潮に対して、「そんな甘いものじゃないんだよ」ということを伝えたかったのではないか。

現在、35歳を越えベテランになった田臥だが、練習や体のケアを怠らず誰よりも長く体育館にいるという。
NBAに憧れていた一人の少年が、NBAのスーパースターとテレビCMで共演。
努力を続けて遂に9年後、その大きな大きな夢を実現した。

「がむしゃらな日々は報われる」

身長173cmと日本人の中でも長身ではない田臥勇太が挑戦し実現した快挙は、今も多くのバスケ少年たちを勇気づけている。
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