90年代は「調子に乗っていた」と述懐する河相我聞の近況は?
2016年6月3日 更新

90年代は「調子に乗っていた」と述懐する河相我聞の近況は?

河相我聞って90年代にはよくテレビに出ていましたよね?最近のインタビューでは「とにかくふざけていた」と述懐しているようです。そんな河相我聞の90年代とキャリアを振り返りたいと思います。

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「とにかくふざけていた」河相我聞が振り返る"調子に乗っていた"90年代

「調子に乗っていた・・・」

「調子に乗っていた・・・」

河相我聞(かあいがもん、1975年(昭和50年)5月24日 - )は、日本の俳優、タレント。

16歳から彼女と同棲、1998年には実は息子がいたことを公表......そんな一見、破天荒な俳優に見える河相我聞。

90年代、ドラマ「天までとどけ」(TBS系)で突如としてブレイク、あっという間にアイドルになってしまった彼は、当時の自分を「調子に乗っていた」とはにかみながら回想する。

90年代の河相我聞

俳優、歌手として活動開始

俳優、歌手として活動開始

TBS系昼ドラマ『天までとどけ』のオーディションを経て同番組の第1シリーズから次男“信平”役でレギュラー出演。
1994年2月、当時18歳の時に放送された内田有紀主演のフジテレビ系連続ドラマ『時をかける少女』に準主役で出演、続いて7月から放送されたテレビ朝日系連続ドラマ『青春の影』では袴田吉彦とともに主演。
9月にはワーナーミュージック・ジャパンから「Brandnew Days」で歌手デビュー。
俳優業では、1995年10月から放送された野島伸司脚本によるTBS系連続ドラマ『未成年』などのドラマに出演する。 1996年頃からはバラエティ番組への出演機会も増える。

「仕事をなんだと思ってるんだ!」と怒鳴られた過去

「90年代の仕事、恋愛、遊びの割合は、遊びが6割くらい。それから恋愛が3割で、仕事は1割くらいでした。計算合ってますよね?(笑)。

小さい頃からお仕事させていただいていたせいか、当時は仕事をしている感覚って全然なくて。きちんとやらなくちゃ! みたいな感覚も全然なかった。今となっては健康を気遣うようになりましたけれど、当時は仕事が始まる数時間前まで飲んだり遊んだりドンチャン騒ぎで、役のセリフも全然覚えていかなかった。

だから実際に撮影が始まっても、セリフを台本通り読まなかったりして、監督に『お前脚本なんだと思ってるんだ! 芝居やめろ!』って怒られてましたね。周りからも『お前もっとちゃんとしろよ』って言われるくらい自由に仕事をしていました。

でも90年代のプロデューサーさんとかは、いわゆる真面目な子よりもちょっとはみだしているくらいの子の方が好きみたいな風潮があったようで、気に入ってもらえてたみたいです。

本当は暗いオタク系の中学生だった

「僕が15歳くらいのときに、「天までとどけ」(TBS系)というドラマのおかげで自分の名前が世に出たんです。そのころから25歳くらいまでの間が一番忙しかったかな。

そのときにはもうひとり暮らしを始めていたんです。だから中学校に通っていても、ワイシャツはアイロンがかかってなくてヨレヨレ......靴も履きつぶしていて、決して小綺麗な見た目とは言えなかった。しかもゲームに夢中でオタク系の中学生でした。性格も暗かったんです。

でもテレビに出るようになってから、他の学校の女の子が僕を見に来るようになった。部活で大会に出るとキャーキャー言われるようになって......急に人気者になったんだなあという感覚がありました。それまでは歓声なんてなかったから、本当に事故にあったみたいな感じで(笑)。

そのうち、アイドル雑誌の取材がたくさん来るようになって、そのあたりからアイドルの仲間入りをしていました。事務所に行ったらダンボールいっぱいに入ったファンレターが届いていたりして。

僕は小学4年生くらいからこの仕事をしていて、はじめはずっとエキストラだったんですね。だから友達からも『あいつテレビに出てるらしいよ』『でも通行人役じゃん! エキストラじゃん!』なんてちょっと馬鹿にされていた。だから名前が世に出るようになって、『ほらね!』って気持ちはありました」

"ふざけた"仕事への姿勢が変化した出会い

「そんなふうに仕事に対しての姿勢はふざけていたんですが、1998年に出演させていただいた映画『緑の街』で監督をされていた小田和正さんに出会ってから意識が変わりました。

22、3歳くらいのとき、この仕事をやめようかなって考えてたんです。このまま続けても先が楽しくなさそうだなぁと思っていて。でも小田さんの作品に参加させてもらったときに、50歳を過ぎた人がまだ何か新しいものを作ろうとしているという姿に感銘を受けた。

小田さんは映画を公開するために自分でフィルムを持っていって、普通の映画館ではなく、コンサート会場でフィルムを上演するってことをしていたんです。それをイチから全部自分でやられていた。そんなふうに作品を作る姿を見ていたら、『僕、人生の考え方間違ってたな』と気づきました。

2000年代にはラーメン店も手掛けたが・・・

2007年に廃業

2007年に廃業

バラエティー番組の影響から料理好きとして知られるようになり、2004年(平成16年)の秋、明星食品の“店主シリーズ”からカップ麺をプロデュースしている。
この発売をきっかけにして、俳優・タレント業と両立させる形で東京都立川駅南口に出来た集合施設“ラーメンスクエア”内でラーメン店「ラーメン我聞」を2005年(平成17年)4月8日にオープンさせ、続いて四国高松店、名古屋栄町店と出店した。
俳優業の合間に自ら厨房に立ち腕をふるっていたが店主業は2007年(平成19年)3月を以って廃業した。
主演のDVD映画「喰いしん坊 !」

主演のDVD映画「喰いしん坊 !」

音楽分野ではドラマーとして渋谷セルリアンタワー内のJazzクラブ「JZ Brat」をベースにライブ活動を行なっている。
2009年(平成21年)1月中旬に東映系で公開予定だった映画『ふうけもん』は製作側と配給側とが折り合わず公開中止となったが、2011年(平成23年)度内に向け本編部分の再編集等を経て公開準備中となっている。
初主演のDVD映画企画『喰いしん坊 !』シリーズが2007年(平成19年)から製作されている。

その他エピソード

実兄は父が60代、我聞は70歳ぐらいの時の子どもだったという

実兄は父が60代、我聞は70歳ぐらいの時の子どもだったという

埼玉県蕨市生まれ。父親は福井県、母親は広島県の出身。
父は玩具店などを経営していた実業家であり裕福であった。母は妾として生活していた。実兄は父が60代、我聞は70歳ぐらいの時の子どもであるという。兄弟の命名は父によるもの。また、40歳位年上の異母姉がいる。
『笑っていいとも!』に出演した際、実兄は学業優秀であったが、高校へは進学はせず、大検を受け埼玉医科大学へ進学し外科医になったと語っている。
劇団時代に知り合った女性との間に1994年に子供を儲けている(その後、別離)。それらの事実を公表せずに活動していたが、1998年にマスコミに発覚し報道された。
取材に対し、事実と認め「これで楽になりました」と発言。1999年に夫人と復縁・入籍したが、2011年に離婚。
2014年現在、長男・沙羅も芸能活動をしており、オフィス北野に所属している。
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