ピンキー&ダイアン
アズディン・アライアが作り出したドレスは大絶賛されたもののセレブでないとなかなか手に入れることは出来ません。手に入れたところで、特に日本では着ていくところがない。
しかし、ボディコンは着てみたい。そうした女性は多かった。また彼女に着せたいと思う男性も多かった。バブルですねぇ。そこで、もっと実用的というか、気軽に着れる。もう少しリーズナブルな服というニーズが生まれたわけですが、その代表的なブランドが「ピンキー&ダイアン」。オシャレ好きな女性に受け入れられました。
しかし、ボディコンは着てみたい。そうした女性は多かった。また彼女に着せたいと思う男性も多かった。バブルですねぇ。そこで、もっと実用的というか、気軽に着れる。もう少しリーズナブルな服というニーズが生まれたわけですが、その代表的なブランドが「ピンキー&ダイアン」。オシャレ好きな女性に受け入れられました。
via fril.jp
ピンキー&ダイアンはピンキー・ウォルマンとダイアン・ボードリーが中心となって1980年にニューヨークで創設した女性用のブランドです。
via www.flickr.com
この頃のボディコンはいい女の代名詞。若しくは仕事ができる女が着るというイメージがありましたね。男性にとっては高嶺の花。敷居が高い。そんな感じでしょうか。アズディン・アライアに比べると気軽に着れるピンキー&ダイアンとはいえ、着ているのは気軽にお付き合いが出来る女性ではありませんでした。
それはともかく、2014年からチーフデザイナーに成田香月が就任し相変わらずいい女の服を発表しています。
それはともかく、2014年からチーフデザイナーに成田香月が就任し相変わらずいい女の服を発表しています。
& by P&D 2014FW PV
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49アベニュージュンコシマダ
ブランドやデザイナーに関係なくボディコンは世界的にブームとなるわけですが、日本が誇るボディコンデザイナー(?)島田順子を忘れるわけにはいきません。
ブランド名は「49アベニュージュンコシマダ」。これまたいい女のためにデザインされたような服ですね。
ブランド名は「49アベニュージュンコシマダ」。これまたいい女のためにデザインされたような服ですね。
via wowma.jp
島田順子は杉野学園ドレスメーカー女学院を卒業後の1966年にパリに渡っています。下積みを経てパリに「JUNKO SHIMADA DESIGN STUDIO」を設立したのが1981年。以降パリと東京でコレクションを発表していきます。
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島田順子自身が魅力的ということもあり多くの女性が憧れたものです。タイトでシャープな服は今でもカッコイイですよね。
via komehyo.jp
「ピンキー&ダイアン」にしろ「49アベニュージュンコシマダ」にしろ、リーズナブルとは言ってもそれはアズディン・アライアと比べての話であって、やはり一般的な感覚で言えば高かった。
それが一般的な感覚でも安くなったことでボディコンは夜の制服として定着したんですね。そしてその魅力は永遠にして無限大。完全に男性を喜ばせるための服として今も光り輝いています!
それが一般的な感覚でも安くなったことでボディコンは夜の制服として定着したんですね。そしてその魅力は永遠にして無限大。完全に男性を喜ばせるための服として今も光り輝いています!
キャバクラ 接客の流れ
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