伝説の興行師で、テリー伊藤の師匠「康芳夫」とは?
2017年12月22日 更新

伝説の興行師で、テリー伊藤の師匠「康芳夫」とは?

漫画『20世紀少年』に登場する万丈目胤舟のモデルになり、演出家テリー伊藤が師匠と崇拝する男・康芳夫。国際ネッシー探検隊を組織し、二足歩行チンパンジー・オリバー君を来日させ、アントニオ猪木対モハメド・アリを実現させた凄腕興行師の実像に迫ります。

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漫画『20世紀少年』の黒幕・万丈目胤舟のモデルになった

漫画家・浦沢直樹の代表作で、堤幸彦監督の映画にもなった『20世紀少年』。その作中に登場する物語のキーマンに万丈目胤舟(まんじょうめいんしゅう)という人物がいます。

彼は世界滅亡を企てる物語の黒幕「ともだち」の側近なのですが、もともとはあやしい興行師だったという設定。自身のプロダクションを設立し、エンタメ業界で頭角を現していく彼のモデルになったのが、“伝説の暗黒プロデューサー”と称される康芳夫です。たしかに、おでこの出た長髪と、わし鼻&たれ目、どこかうさんくさそうで思慮深げな表情など、外見の共通点はかなりあります。
虚人魁人 康芳夫

虚人魁人 康芳夫

万丈目胤舟

万丈目胤舟

20世紀少年より

テリー伊藤が師匠として尊敬している

「僕にこの世界で師匠がいるとすれば、康さんです」

テリー伊藤はこのように語っています。テリーといえば、「城南電機・宮路社長と大塚美容外科・石井医院長の自前ロールスロイスによる綱引き対決」「公道での芸能人キャノンボール大会」「たこ八郎に東大生の血液を輸血してIQは上昇するのか?」など奇想天外な企画を多数考案した、名プロデューサーとして有名。

人によって好き・嫌いの好みは分かれる人物ではありますが、しかし、彼の案出した企画には、倫理観や社会通念などを差し置いて、思わず興味をひかれてしまうパワーがあったものでした。それはテリーが“師匠”と崇拝する康が手掛けた数々のプロジェクトにも言えることです。
テリー伊藤

テリー伊藤

東京大学の五月祭で革新的な企画を成功させる

駐日中国大使侍医の中国人父と日本人母の次男として、東京神田に生を受けた康は、海城高校卒業後、横浜国立大学へ入学するも1年で中退し、その後、東京大学へ進学。東京大学在学中には五月祭の企画委員長をつとめ、そこで彼は革新的な企画を成功させます。

当時若者の間で流行していたジャズに目を付けて、反対する総長を説得し、国内の一流ジャズメンを集めてジャズコンサートを実施。さらに、石原慎太郎、武満徹、岡本太郎、谷川俊太郎を呼んで座談会も開催したのです。彼の手掛けたイベントはたいへんな人気を誇り、チケットにプレミアがつくという五月祭では異例事態になったといます。

ソニー・ロリンズやインディレースを日本に呼ぶ

学生時代の成功体験から「プロデューサー業が性に合っている」と直感した康は、五月祭のイベントで仲良くなった石原慎太郎の紹介で、興行師・神彰(じん あきら)が主催する興行会社アート・フレンド・アソシエーション(以下AFA)へ就職します。

AFA入社1ヶ月目で任された仕事が、大物ジャズ・サックス奏者「ソニー・ロリンズ」の来日公演です。当時まだ20代中頃の若者だった康でしたが、一人でロリンズの弁護士と渡り合い招聘に成功。プロデューサーとしての第一歩を華々しく踏み出したのでした。
ソニー・ロリンズ

ソニー・ロリンズ

富士スピードウェイでの日本インディレースや、三島由紀夫が2回も観に来た「アラビア大魔法団」の公演など、数々のイベントを手掛けていきますが、マイルス・デイヴィス招聘失敗により多額の負債を抱え込むことに。それからしばらくして、神彰とも袂を分かち、以降は、巨大資本・政治・宗教団体、あらゆる組織から独立的な立ち位置を保ちながら単独で興行を行っていきます。
1966年日本インディ200マイルレース

1966年日本インディ200マイルレース

観客の入りは3分の1以下で興行的には失敗だった

「国際ネッシー探検隊」を組織し、二足歩行チンパンジー「オリバー君」を来日させる

独立してからの康は“虚業家”を名乗り、ブッ飛んだ企画を次々と打ち出していきます。1973年に石原慎太郎を隊長とした「国際ネッシー探検隊」を立ち上げ、総費用約2億円を投じて2ヶ月間ネス湖調査を行わせたり、1976年には直立二足歩行チンパンジー「オリバー君」を来日させ、人間の「花嫁」を募集して子供を産ませようとしたり(もちろん未遂に終わる)…。

ちなみに、このオリバー君来日の際に、ホテルで彼の世話に当たったのが、当時テレビ制作会社のADだったテリー伊藤でした。
オリバー君

オリバー君

日本におけるモハメド・アリの興行をコーディネート

中でももっとも誉れ高い仕事のひとつといえば、モハメド・アリの日本におけるマッチメークでしょう。日本のボクシング連盟と対峙し、金がなければ問答無用で銃を突き付けるアメリカのマフィアとも交渉して、さらには、アリに近づくためにブラック・ムスリムに入信するなど、金・時間・体力・精神力、あらゆる面で一番苦労した仕事だといいます。その結果、1972年には日本武道館でマック・フォスター戦、1976年にはアントニオ猪木戦を実現させるに至ったのです。
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