1990年代活躍した“Mr.200%”『安生洋二』引退後も300%で奮闘中!!
2020年6月13日 更新

1990年代活躍した“Mr.200%”『安生洋二』引退後も300%で奮闘中!!

UWFでプロレスデビューし、90年代のプロレスブームの際は切り込み隊長として他団体のマットに参戦。ビッグマウスぶりから“Mr.200%”とも呼ばれた人気レスラーが安生洋二さん引退後も300%で奮闘中だとか。

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安生 洋二(あんじょう ようじ)プロフィール

 (2201993)

本名 安生 洋二
ニックネーム Mr.200%・高田総統の側近
誕生日 1967年3月28日(53歳)
出身地 東京都杉並区
所属 フリー
スポーツ歴 柔道
デビュー 1985年7月8日
引退 2015年3月19日

デビュー

1985年7月8日、 高田延彦さん率いるUWFで広島県立体育館での星名治戦でデビューされています。
また同年末、第1次UWFが興行活動を停止した為、UWF軍として新日本プロレスに参戦。
1987年、新日本プロレスのヤングライオン杯にも出場。
後に1988年の新生UWFの設立に参加。

グレイシー道場破り事件

ヒクソン・グレイシー

ヒクソン・グレイシー

本名 ヒクソン・グレイシー
(Rickson Gracie)
通称 400戦無敗の男
国籍 ブラジル
生年月日 1958年11月21日(61歳)
出身地 リオデジャネイロ州
所属 ヒクソン・グレイシー柔術
根性だけはハンパなかった💦安生さん。
1994年12月7日、ロサンゼルスのヒクソン・グレイシー柔術アカデミーへ道場破りに行き、ヒクソン・グレイシーに挑戦しています。
ただ、なすすべなく倒されパウンドを浴び、チョークスリーパーで失神させられました。

この行動は、ヒクソンと対戦交渉を進めていたUWFインター側が、なかなか結論を出さないヒクソンを挑発するために行った外交交渉の意味合いがあった。
その使者(刺客)として送り込んだのが、当時道場でも一番の実力者とされた安生さんであったといいます。

結果、この事件によりUWFインターは業界で大きな注目を集め、3年後にPRIDE(ヒクソンvs高田延彦戦)が決まりました。

ただ、安生さん本人は、失敗は安生さんにとって格闘家人生のトラウマとなり、後に「面と向かって高田さんの前に立てなくなった。自殺も考えた」と語っています。

ゴールデン・カップス

1995年からは、新日本プロレスとの対抗戦に出場。
個人的にもこの頃、他団体との対抗戦が多く一番面白かったと思います。

高田さんに次ぐUWFインターNo.2として長州力さん、蝶野正洋さん、佐々木健介sんといった大物と対戦。
結果的には長州、佐々木には完敗したが、10・9の長州戦に関しては、この試合が決まるや「210%勝てる」と発言!4分05秒で敗れましたが…💦

その後はMr.200%を名乗り高山善廣さん、山本健一さん(現・山本喧一)と「ゴールデン・カップス」を結成するなどプロレスを盛り上げてくれました。

2003年には長州力さんが設立したWJプロレスに参戦もしています。

ハッスル時代~

 (2202038)

2004年からはプロレスイベント「ハッスル」で、高田モンスター軍のアン・ジョー司令長官として参戦。

同年12月31日の『PRIDE 男祭り 2004』ではグレイシー一族のハイアン・グレイシーと対戦。敗れはしたものの一区切りをつけました。

ハッスル消滅後はプロレスの表舞台から一時姿を消し、格闘技イベント「戦極」や「GLORY」の裏方として活動されています。
引退!!
90年代のプロレスブームの際は切り込み隊長として他団体のマットに参戦。ビッグマウスぶりから“Mr.200%”とも呼ばれた人気レスラーが安生洋二さんだ。
その後、格闘技イベント「ハッスル」「PRIDE」でも活躍し、2015年3月19日にラストマッチを行い引退。
さて、今どうしているのか?
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