「ツチノコ」ブーム(1973年前後)
ツチノコ(槌の子)
ツチノコ(槌の子)は、日本に生息すると言い伝えられている未確認動物 (UMA) のひとつ。鎚に似た形態の、胴が太いヘビと形容される。北海道と南西諸島を除く日本全国で”目撃例”があるとされる。
ツチノコ
1972年、作家の田辺聖子が、ツチノコ捕獲に情熱を燃やす作家山本素石をモデルとした小説『すべってころんで』を発表。ツチノコの名が全国的に知れ渡ることとなった。
1973年、ツチノコに遭遇した経験を持つという漫画家の矢口高雄が、ツチノコをテーマとした漫画『幻の怪蛇バチヘビ』を発表。ツチノコブームのきっかけを作った。なお、同作品は『釣りキチ三平』と共に、1974年の第4回講談社出版文化賞を受賞している。
1974年、漫画『ドラえもん』においてツチノコを描いたエピソード「ツチノコさがそう」が雑誌「小学五年生」に掲載され、翌1975年には「ツチノコ見つけた!」が「小学六年生」に掲載された。後に『ドラえもん』が台湾へ輸出されたことで、台湾の多くの学生たちにはツチノコの姿として、これらの作中で漫画風にアレンジされたツチノコのイメージが定着している。
1973年、ツチノコに遭遇した経験を持つという漫画家の矢口高雄が、ツチノコをテーマとした漫画『幻の怪蛇バチヘビ』を発表。ツチノコブームのきっかけを作った。なお、同作品は『釣りキチ三平』と共に、1974年の第4回講談社出版文化賞を受賞している。
1974年、漫画『ドラえもん』においてツチノコを描いたエピソード「ツチノコさがそう」が雑誌「小学五年生」に掲載され、翌1975年には「ツチノコ見つけた!」が「小学六年生」に掲載された。後に『ドラえもん』が台湾へ輸出されたことで、台湾の多くの学生たちにはツチノコの姿として、これらの作中で漫画風にアレンジされたツチノコのイメージが定着している。
via pds.exblog.jp
via blog.goo.ne.jp
「ツチノコ」の正体についての仮説
テレビ番組などで、ツチノコ捕獲に成功したとする話も取り上げられるが、「たたりを恐れて逃がした」「死体が消えてしまった」といった理由で追求が打ち切られ、客観的にその存在を証明できた事例は無い。
「アオジタトカゲ」を誤認したとする説
アオジタトカゲを誤認したとする説。
このトカゲは1970年代から日本で飼われるようになり、目撃情報が増加した時期に一致するとされている。
アオジタトカゲには四本の小さな脚があり、読売新聞社によって撮影されたツチノコとされる生物にも脚があった。作家の荒俣宏は、流行の原因となった漫画の影響で脚がない姿が広まったと述べている。
実際に、前述の岐阜県東白川村の隣町でツチノコと誤認された生物の正体がアオジタトカゲであった事例の報告もあり、同村では林業が盛んなため、海外から輸入された材木にこのトカゲが混入していたとの推測もある。ただし、ツチノコは尾が細いとされるが、アオジタトカゲは尻尾が太い点が異なる。
このトカゲは1970年代から日本で飼われるようになり、目撃情報が増加した時期に一致するとされている。
アオジタトカゲには四本の小さな脚があり、読売新聞社によって撮影されたツチノコとされる生物にも脚があった。作家の荒俣宏は、流行の原因となった漫画の影響で脚がない姿が広まったと述べている。
実際に、前述の岐阜県東白川村の隣町でツチノコと誤認された生物の正体がアオジタトカゲであった事例の報告もあり、同村では林業が盛んなため、海外から輸入された材木にこのトカゲが混入していたとの推測もある。ただし、ツチノコは尾が細いとされるが、アオジタトカゲは尻尾が太い点が異なる。
「マツカサトカゲ」を誤認したとする説。
マツカサトカゲを誤認したとする説。このトカゲは岐阜県の目撃談にもあり、四肢が草むらや胴体の下に隠れている姿がツチノコに近く、日本国内でも愛玩動物として飼育されている。
このことから、心ない者が山野に捨てたマツカサトカゲが繁殖し、ツチノコと誤認されたとの説もある。
このことから、心ない者が山野に捨てたマツカサトカゲが繁殖し、ツチノコと誤認されたとの説もある。
via www.sauria.info