80年代ディスコにタイムスリップ
2015年11月10日 更新

80年代ディスコにタイムスリップ

80年代ディスコ、ミラーボールは地球のように周り、ご機嫌なミュージックが地を這う。そんなディスコの世界にご案内。

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時代はディスコブーム

ディスコの語源となったのはフランス語のdiscothèque(ディスコテック)であり、マルセイユの方言で「レコード置き場」の意味であった。形態としては第二次世界大戦中に生バンドの演奏が困難となったナイトクラブでレコードを代わりに掛けるようになったのが始まりであり、第二次大戦後にパリにラ・ディスコテークと呼ばれるクラブが出現したことにより定着した。
この生バンドの代わりにレコードを掛ける「ディスコ」(もしくはクラブという形式)が本格的な発展を遂げたのは1960年代以降のアメリカのニューヨークのゲイ・シーンである。客層はゲイの黒人・ヒスパニック系などのマイノリティが主流であり、掛けられる音楽はファンクやソウルミュージックや特にフィラデルフィア・ソウルと呼ばれる滑らかなリズム・アンド・ブルースや、それらをベースにした音楽であった。こうしたディスコはゲイ男性のための発展場としての役割とアンダーグランドな黒人音楽の発展の場としての二つの面を持っていた。こうしたディスコとして有名なものにパラダイス・ガレージ、セイント、フラミンゴ、ギャラリーなどが挙げられる。いずれもゲイの男性を対象としたメンバーズ・オンリー(女性や非メンバーはメンバーのゲストとして入場する事ができた)のディスコであり、ニューヨークでも特に進んだファッショナブルで流行に敏感なゲイの男性たちが集まっていて、流行の発信地でもあった。この中でもっとも有名であり、後世に影響を与えたのパラダイス・ガレージとそのメインDJ、ラリー・レヴァンである。因みに1984年、パラダイス・ガレージと人気を二分したセイントでは、ゲイDJ・中村直が日本人として初めてレジデントとして迎えられた。

どんなダンス?

3分でわかる神ひろしのディスコダンスレッスン(新宿J28代表)〜ヴォーギングからサタデイナイトフィーバーまで〜 - YouTube

これは面白い…のか?
現代の目線で見ると動きが派手ではないからちょっと厳しい感じがある。

神ひろしの『ディスコダンス』8 /サタディナイトフィーバー - YouTube

自分の中ではこんなイメージでした。
http://gallery.artgummi.com/wp-content/uploads/2010/08/discocabaretOMOTE.jpg (61561)

どんな音楽?

ダンスはいかしたダンスってことをご理解いただけましたか?
音楽はソウルやファンクなんかの影響を受けた、16ビートなんかがきほんだったみたいです。こんな感じです。

80年代ディスコ定番曲1) - YouTube

この当時の曲はノリがいいですねー。
ついつい腰が動いてしまうみたいな音楽です。
やっぱり自分としてはこの曲のイメージがとても強いです。

SEPTEMBER / Earth,Wind & Fire - YouTube

ついつい腰が動いてしまう魔法をかけるのはこの男。
ヴァーダインホワイト!
http://livedoor.blogimg.jp/guccibass/imgs/a/b/abd33220.jpg?8fe7b939 (61568)

踊れぇ〜

ゲイの聖地!?

はじめはディスコって言ったらゲイの方々の聖地だったらしいんですよ。
日本でもそれはとても多く見られます。
1976年に開店した美輪明宏の「クラブ巴里」、ゲイ雑誌薔薇族の「談話室 祭」が入った新宿5丁目靖国通り沿いの瀟洒な白いビル、Qフラット[5]の地下には 「ブラックボックス」という70年代としては最も進んだ異色のゲイディスコがあり、ゲイや外国人モデル、パンク風スタイルの若者が集まった。通常のディスコと違い入場料は男性のほうが安かった。この頃、伊勢丹裏の「ツバキハウス」(ノンケ中心)も全盛で、常連は2つの店を往来していた。「ツバキハウス」では当時、歌舞伎町で最も有名だったニューハーフが始めたとされる「オネエウォーク」といわれる独特のダンスが生まれたといわれる。また上述のゲイDJ中村直 (DJ)が1981年にDJデビューしたのもツバキハウスだった。
また2丁目には「MAKO」や「ブギーボーイ」、雑誌などでよく取り上げられていた「フルハウス」もあった。MAKOは小さいビルの3階にあった店だったが、若いゲイがこれほど多く集まった店は当時はなく、満員電車並の混雑を見せ、店内に入れない客は階段や路上をウロウロした。「MAKO」は後に隣のビルに移ってMAKO2となり、元の場所はゲイバーになったが、移転先のMAKO2は盛況だったが1985年5月、突然閉店した。2丁目のゲイディスコの運命は、皮肉なことに、異性愛女性客が増えると客のメインとなるゲイ男性客が離れ必ず潰れていった。
NYでもゲイ・ディスコ “Sandpiper”、“Ice Palace”や“Sanctuary”なんかがあって、とても人気だったみたいです。

実は現代でも人気

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