1990~1991年にかけて大ヒットを記録した沢田知可子『会いたい』
沢田知可子 会いたい - YouTube
via www.youtube.com
作曲を財津和夫が担当。財津が所属するチューリップや財津のソロよりも多く売り上げている。
作詞の沢ちひろは、レベッカ・浅香唯・うしろゆびさされ組・松本典子・渡辺満里奈などにも歌詞を提供している。
沢田知可子に対しても『会いたい』以外に『幸せになろう』『ふたり』『Melody』『忘れられない』など多くの歌詞を提供している。
作詞の沢ちひろは、レベッカ・浅香唯・うしろゆびさされ組・松本典子・渡辺満里奈などにも歌詞を提供している。
沢田知可子に対しても『会いたい』以外に『幸せになろう』『ふたり』『Melody』『忘れられない』など多くの歌詞を提供している。
沢田知可子(さわだ ちかこ)
生年月日:1963年8月4日
1963年8月4日岩手県安代町生まれ、埼玉県与野市出身のシンガーソングライター。
1990年にアルバム『I MISS YOU』からシングルカットされた『会いたい』(テレビ朝日『トゥナイト』テーマ曲)が長期にわたるロングヒットでシングルセールス130万枚を達成、オリコンシングルチャートにも100位以内に87週の長期にわたってランクインを果たし、1991年の『第24回全日本有線放送大賞』ではグランプリを受賞。この年の『第42回NHK紅白歌合戦』にも出場した。
後に、バンドメンバーであった小野澤篤と結婚、現在は、ピアニストの小野澤篤と共に、「魂と癒すヴォイス ヒーリング」「生きる力」「絆を育てよう」をテーマに全国で「歌セラピーライブ」を展開中。
2010年からの、アラウンド40メモリーコンサート(杉山清貴、辛島美登里、中西保志と共演)も好評で全国ツアーを続けている。
名前が似ているため間違う人も多いが、沢田亜矢子とは別人である。
1963年8月4日岩手県安代町生まれ、埼玉県与野市出身のシンガーソングライター。
1990年にアルバム『I MISS YOU』からシングルカットされた『会いたい』(テレビ朝日『トゥナイト』テーマ曲)が長期にわたるロングヒットでシングルセールス130万枚を達成、オリコンシングルチャートにも100位以内に87週の長期にわたってランクインを果たし、1991年の『第24回全日本有線放送大賞』ではグランプリを受賞。この年の『第42回NHK紅白歌合戦』にも出場した。
後に、バンドメンバーであった小野澤篤と結婚、現在は、ピアニストの小野澤篤と共に、「魂と癒すヴォイス ヒーリング」「生きる力」「絆を育てよう」をテーマに全国で「歌セラピーライブ」を展開中。
2010年からの、アラウンド40メモリーコンサート(杉山清貴、辛島美登里、中西保志と共演)も好評で全国ツアーを続けている。
名前が似ているため間違う人も多いが、沢田亜矢子とは別人である。
via pds.exblog.jp
ヒット曲『会いたい』にまつわるエピソード
没した恋人を想い、在りし日を回想し会いたい気持ちを募らせる歌。
沢ちひろが死別した母との思い出をベースに作詞した。
『速報!歌の大辞テン』、『夢・音楽館』、『THE M』[要出典]などの音楽番組に沢田が出演する際に、度々本人から語られるが、この曲の歌詞をもらった時に沢田は運命的なものを感じたと語っている。
学生時代、沢田が歌手になろうと決意したことをバスケット部の先輩に告白したところ「俺が最初のファンになってやるよ」と彼は言ってくれた。
だが、その数日後に先輩は交通事故で亡くなってしまう。
この出来事が『会いたい』の歌詞に重なるところがあったという。
沢ちひろが死別した母との思い出をベースに作詞した。
『速報!歌の大辞テン』、『夢・音楽館』、『THE M』[要出典]などの音楽番組に沢田が出演する際に、度々本人から語られるが、この曲の歌詞をもらった時に沢田は運命的なものを感じたと語っている。
学生時代、沢田が歌手になろうと決意したことをバスケット部の先輩に告白したところ「俺が最初のファンになってやるよ」と彼は言ってくれた。
だが、その数日後に先輩は交通事故で亡くなってしまう。
この出来事が『会いたい』の歌詞に重なるところがあったという。
作詞家と歌手の想いがリンクしたと思えたが…。
沢田知可子が自身のエピソードを『会いたい』に重ねてメディアに話することに対して、沢ちひろは「自分の体験談かのように語っている」と感じ、昔から不快感を持っていた。
そして、沢ちひろの逆鱗に触れた『会いたい』の替え歌
2013年9月、沢田知可子はTBSのバラエティー番組「さんまのスーパーからくりTV」で『安定したい』のタイトルで『会いたい』の替え歌を披露した。
via i.ytimg.com
『会いたい』→『安定したい』替え歌の内容
「曲が売れた収入で 目黒のマンション手に入れ すぐにバブルがはじけた」(元の歌詞:ビルが見える教室で ふたりは机並べて 同じ月日を過ごした)
「カラオケみんなが歌って いっぱいお金入るって全くウソじゃない 歌手は一銭ももらえない 泣きたい」(元の歌詞:今年も海へ行くって いっぱい映画も観るって約束したじゃない あなた約束したじゃない 会いたい)
「カラオケみんなが歌って いっぱいお金入るって全くウソじゃない 歌手は一銭ももらえない 泣きたい」(元の歌詞:今年も海へ行くって いっぱい映画も観るって約束したじゃない あなた約束したじゃない 会いたい)
via f.st-hatena.com
この替え歌に沢ちひろは激怒。
「沢田さんにとって大事な歌なら替え歌なんて歌えない」「歌詞に敬意を抱いていない」「もう『会いたい』を歌わないで欲しい」と、替え歌によって精神的苦痛を受けたとして慰謝料200万円を請求した。
一部メディアに沢田は、大切な歌だから最初は番組出演を断り、替え歌は番組スタッフが作ったと弁解している。
「沢田さんにとって大事な歌なら替え歌なんて歌えない」「歌詞に敬意を抱いていない」「もう『会いたい』を歌わないで欲しい」と、替え歌によって精神的苦痛を受けたとして慰謝料200万円を請求した。
一部メディアに沢田は、大切な歌だから最初は番組出演を断り、替え歌は番組スタッフが作ったと弁解している。
さらに、決裂を決定づけた歌詞改変
沢田知可子が2014年7月に発売したアルバムの中で、6人組男性ボーカルグループ「INSPi」とともに『会いたい』を再歌唱。
歌詞カードにはない冒頭部分で、沢田が「アイム・イン・ラブ・ウイズ・ユー」と聞き取れる言葉を発した曲「会いたい~with INSPi」が沢ちひろに無断で収録された。
これに対して沢は、「タイトルと歌詞が一部変更されている」としてアルバムの販売中止を求めた。
このアルバムは同月末で生産中止となり自主回収。
「会いたい with INSPi」を除いた差し替え版が9月19日に再リリースされた。
アルバム販売元の広報担当者は、アルバ厶収録曲のタイトルは「一緒に歌っているグループ名を指すもの」とし、改題との概念はないとし、歌詞についても「歌詞カードにない部分は歌詞ではなく、ナレーションのようなものだ」と対抗。
自主回収措置については「沢さんからの訴えに従ったわけではなく、総合的に判断した」と語っている。
しかし、沢の怒りはおさまらず、2014年11月末に沢田の所属事務所代表で夫の小野澤篤とCDの販売元を著作者人格権侵害で提訴した。
歌詞カードにはない冒頭部分で、沢田が「アイム・イン・ラブ・ウイズ・ユー」と聞き取れる言葉を発した曲「会いたい~with INSPi」が沢ちひろに無断で収録された。
これに対して沢は、「タイトルと歌詞が一部変更されている」としてアルバムの販売中止を求めた。
このアルバムは同月末で生産中止となり自主回収。
「会いたい with INSPi」を除いた差し替え版が9月19日に再リリースされた。
アルバム販売元の広報担当者は、アルバ厶収録曲のタイトルは「一緒に歌っているグループ名を指すもの」とし、改題との概念はないとし、歌詞についても「歌詞カードにない部分は歌詞ではなく、ナレーションのようなものだ」と対抗。
自主回収措置については「沢さんからの訴えに従ったわけではなく、総合的に判断した」と語っている。
しかし、沢の怒りはおさまらず、2014年11月末に沢田の所属事務所代表で夫の小野澤篤とCDの販売元を著作者人格権侵害で提訴した。
ドロ沼の争いが遂に決着!
沢ちひろが、アルバム発売元の「ヤマハミュージックアンドビジュアルズ(現ヤマハミュージックメディア)」などを相手に損害賠償を求め、大阪地裁に提訴した裁判は、原告の沢ちひろ側から訴状が取り下げられていたことが2015年7月10日、判明した。
今年1月20日に第1回口頭弁論が開かれたが、その後は弁論再開までに双方の証拠提出などの準備が必要となり、のべ3回、弁論準備で口頭弁論再開へ向けて準備書面を交換。著作権侵害の概念や、侵害のとらえ方など、双方が書面で主張を続けてきた。
前回6月1日には、被告側代理人は「弁論再開へ向けて、近づいているとは言える」と話し、主張に自信を持つ様子を見せていた。
当初はこの7月10日に、口頭弁論再開へ向けた弁論準備が予定されていたが、原告、被告双方の代理人弁護士は姿を見せず。
同地裁によると、原告側から訴状が取り下げられ、前日9日付で受理したという。
訴状によると、6月30日に原告側代理人から「都合により原告は訴状のすべてを取り下げます」と記載された取り下げ書が、同地裁の当該民事部に届けられ、7月2日に同民事部が受理。同8日に、被告側も同意の書面を提出し、9日付で地裁が訴状の取り下げを受け付けたという。
理由について、同地裁は「訴状にある以上のことは申し上げられない」と話すにとどまった。
名曲を巡った戦いは、こうして水面下で決着。
沢田知可子のブログでは、7月10日夕方にコメントを発表。
今年1月20日に第1回口頭弁論が開かれたが、その後は弁論再開までに双方の証拠提出などの準備が必要となり、のべ3回、弁論準備で口頭弁論再開へ向けて準備書面を交換。著作権侵害の概念や、侵害のとらえ方など、双方が書面で主張を続けてきた。
前回6月1日には、被告側代理人は「弁論再開へ向けて、近づいているとは言える」と話し、主張に自信を持つ様子を見せていた。
当初はこの7月10日に、口頭弁論再開へ向けた弁論準備が予定されていたが、原告、被告双方の代理人弁護士は姿を見せず。
同地裁によると、原告側から訴状が取り下げられ、前日9日付で受理したという。
訴状によると、6月30日に原告側代理人から「都合により原告は訴状のすべてを取り下げます」と記載された取り下げ書が、同地裁の当該民事部に届けられ、7月2日に同民事部が受理。同8日に、被告側も同意の書面を提出し、9日付で地裁が訴状の取り下げを受け付けたという。
理由について、同地裁は「訴状にある以上のことは申し上げられない」と話すにとどまった。
名曲を巡った戦いは、こうして水面下で決着。
沢田知可子のブログでは、7月10日夕方にコメントを発表。
この度「会いたい」の同一性保持権侵害訴訟の裁判が、原告であります作詞家 沢ちひろさんからの取り下げにより終結となりましたことをご報告申し上げます。
本当にご心配をおかけ致しました。
これからも歌手としてより一層精進して参りますので、どうぞ応援のほどよろしくお願い申し上げます。
沢田知可子
沢田知可子は今後も『会いたい』を歌っていくのであろうか。
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作詞:沢ちひろ 作曲:財津和夫 編曲:芳野藤丸
表題曲は、4枚目のアルバム『I miss you』に収録された曲だった。
最終的にはミリオンヒットを記録し、沢田の最高のヒット曲となった。
翌1991年の『第24回全日本有線放送大賞』(読売テレビ)でグランプリを受賞し、その年の『NHK紅白歌合戦』にも出場した。