2017年11月20日 更新

【フローレンス・ジョイナー】不滅の記録とドーピング疑惑

全ての指にネイルアートをほどこした長い爪、片足だけのレオタード。そして、引き締まった褐色の筋肉美。五輪スプリント界の常識を覆した独創的なファッションで、ロス五輪、ソウル五輪の舞台を疾走したフローレンス・ジョイナーについてその功績と疑惑を振り返る。

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不滅の記録保持者『フローレンス・グリフィス=ジョイナー』

フローレンス・グリフィス=ジョイナー(Florence...

フローレンス・グリフィス=ジョイナー(Florence Griffith Joyner)

1959年12月21日、11人兄弟の7番目としてロサンゼルスの中でも最も治安の悪いスラム街ワッツ地区に生まれ4才の時に離婚した母親に育てられた。
政府が貧困層に提供する集合住宅で幼少時代を送った彼女は、近所の子供達との駆けっこではいつもトップ。地元のスポーツクラブへ入り、7才で初めてトラックに立つとスプリンターとしての才能を開花させていく。 「ここから抜け出したい」とジョイナーは、自信があった「走り」に磨きをかけていった。

1984年のロサンゼルス・オリンピック、陸上女子200mのアメリカ代表に選ばれたジョイナーだが結果は銀メダル。1987年にロサンゼルス・オリンピック三段跳び金メダリストのアル・ジョイナーと結婚し、夫をコーチに迎えソウル・オリンピックに照準を絞った。

1988年のソウルオリンピックで100m、200m、400mRで金メダルを獲り3冠を達成。
ソウルオリンピックが終わった後、29歳で第一線の競技から引退した。
1998年9月21日、38歳の若さで心臓発作により急死した。

奇抜と言われたネイルとファッション

地味な印象をもたれる陸上競技の概念を、華やかに一変させたそのスタイルは、主宰者から咎められ、爪を切るようにとの指導をされたこともあった。
だが、フローレンスはそれを断固として拒否した。
「ランナーである以前に、私はレディーでありたい」と。
独創的なネイルデザイン

独創的なネイルデザイン

長いツメに1つずつ違うデザイン。当時は付け爪はなかったので全部自分の爪を伸ばしていたという。
こんなに長い時も…。

こんなに長い時も…。

ここまで長い爪で不自由は無かったのでしょうか?
出典 itnail.jp
片足だけのレオタード(スパッツ)

片足だけのレオタード(スパッツ)

なぜか長い方がいつも右足でした。

引き締まった褐色の筋肉美

割れた腹筋と発達した腕と足の筋肉

割れた腹筋と発達した腕と足の筋肉

169cmとオリンピック選手の中では大柄ではなかったが、まるで男性選手のように引き締まった筋肉は他の選手を圧倒していました。

五輪前の全米選手権で100メートル10秒49の世界新。

陸上競技における女子100m(10秒49)、200m(21秒34)の世界記録を2017年現在も保持している。

【動画】フローレンスジョイナー 女子 100m 世界記録 10秒49

同日に行われた他の競技で追い風参考記録となったものが多かったが、彼女のレースでは風速0.0m/sと無風であり、たまたま彼女が走った際に風速計が故障していたもので実際には追い風参考記録なのではないかという憶測もある。しかし、現在でも同記録は世界記録として公認されている。

ソウル五輪で圧倒的な強さを発揮

Florence Griffith Joyner - Seoul 1988 Olympic Games - YouTube

女子100m決勝ではスタートからレースをリード、後続のアシュフォード(米国)に3メートル差をつけ、両手の人さし指を上げながら、笑顔でゴールに飛び込んだ。追い風参考ながら10秒54の圧勝だった。
金3つ、銀1つのメダルを獲得。

金3つ、銀1つのメダルを獲得。

二冠目の200mも会心のレースで21秒34の世界新。夫でコーチのアル(ロサンゼルス大会3段跳び金)に「お姫様だっこ」で祝福された。リレーではアンカーをアシュフォードに譲った。余勢をかって1600メートルリレーではアンカーで出場。ソ連に敗れたが2位になった。

ジョイナーのドーピング疑惑

ソウル・オリンピック陸上男子100mに出場していたカナダのベン・ジョンソンのドーピングが発覚。
疑惑の目は、ジョイナーにも向けられた。
ジョイナーは疑惑を否定し、ドーピング検査の結果も「白」だったが、周囲からの疑惑の声が止むことはなかった。

そしてソウル・オリンピックから、わずか5ヶ月。
1989年2月25日。疑惑の渦中にあったジョイナーは突然、会見を開き、引退を表明した。
ステロイド等の薬物を使っているのだろうという疑惑の根拠は以下のような点が挙げられる。

◆1980年代半ばまではトップクラスではなかったのに、1988年に急激に成績が向上した。

◆1980年代半ば以降に、急激に体つきが変化した。グリフィス=ジョイナーのように、あるとき急激に体つきが変わって、急激に成績が向上した選手としては、ベン・ジョンソンやバリー・ボンズがいる。前者は薬物疑惑が証明され、後者は薬物使用の疑いが極めて強い。

◆この当時はドーピング検出システムの精度が低かった。
当時の東ドイツの選手は、ドーピングをしていても検出されなかった、と後に判明している。

◆筋肉が異常に隆起して血管が浮き上がっており、およそ女性らしくなくて、ほとんど男性化した体躯である。

◆女性らしさを強調した奇抜とも言えるファッションもドーピングによる男性化から目をそらさせるためではないかと言われている。

◆TVインタビューの際には女性らしい声をしているが、誌面インタビュー経験のある複数の人(古舘伊知郎など)が、「地声はとても低く、普通の女性の声とは思えない」ということを述べている。声の男性化は、ドーピングをした女性にしばしば指摘される点である。

◆29歳という早い引退は年々厳しくなるドーピング検査から逃げるためという説がある。引退の翌年からドーピング検査が強化されることが予告されていた。

◆38歳という早すぎる死はドーピングの副作用である可能性がある。ただし、死亡時の検死によると、死因は「てんかん発作による窒息死」であり、心臓は正常だったとも伝えられている。

◆ジョイナーの持つ2つの世界記録はいずれも達成から20年が経つが、競技レベルやトラックの質が格段に向上した現在においても肉薄する記録が存在しない。

ジョイナーの世界記録が消される?

年々、進化するシューズや科学的に分析されるフォーム、徹底した健康管理。
一部の記録は以前と比べて飛躍的に向上している。

それに伴い、「現在も破られていない記録なんてドーピングによる記録ではないのか?」という疑問が沸き上がっている。

2017年5月、欧州陸連は陸上記録の信頼性を取り戻すために、検体(血と尿)の保存がされておらず再検査が不可能な2004年以前の記録は無効にすべきではないかと提言した。

もし、この提言が承認されることになれば、フローレンス・グリフィス=ジョイナーの世界記録は取り消されることになる。

夫であったアル・ジョイナーは「家族の名誉が汚されてしまう。死ぬ気で闘うし、あらゆる法的手段を見つけ出すつもりだ。五輪の金メダルへ向けた練習のように闘う。」と徹底抗戦を宣言している。

記録と記憶に残る疑惑のスーパーウーマン

ドーピング行為を示す証拠がないにもかかわらず、「限りなく黒に近い灰色の世界記録保持者」と言われているフローレンス・ジョイナー。

仮に公式世界記録から除外されたとしても、その圧倒的なスピードと奇抜なファッション。
他者をまったく寄せ付けなかった余裕のゴール。

五輪史上もっとも強く美しいスプリンターと語り継がれて行くでしょう。
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