里中茶美のプロフィール
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『ティーンエイジ・セレナーデ』でメジャーデビュー
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幼少期からタレント養成学校の沖縄アクターズスクールに在籍していた田中茶美さん。在籍中に『沖縄クラブハートキャッチTV』という番組に出演し、司会・振り付け・選曲に至るまで幅広い役割をこなしました。その後ポニーキャニオン主催でプロジェクト『「HeBeE」(ヒービー)』が始動し、里中茶美さんはこのプロジェクトで、最初にアイドル歌手としてメジャーデビューすることになります。1989年4月21日の記念すべきメジャーデビュー曲は、『ティーンエイジ・セレナーデ』というシングルです。「アイドル的な可愛さ」が功を奏して、一気に注目を集めました。
声優やミュージカルなどにも挑戦していた
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1989年にアイドル歌手としてデビューした里中茶美さんは、デビュー年の10月から『東京イエローページ』にレギュラー出演。毎週の放送時に演歌・洋楽・ポップなど、幅広いジャンルの歌を歌いました。翌年4月からは『FMヤングスタジオ』にレギュラーで登場。寄せられたメッセージを大声で伝えたり、リスナーの様々な悩みに真剣に答えるなどしていました。またアニメ映画『オリバー ニューヨーク子猫ものがたり(1990年)』では主人公・ジェニーのアフレコを、ミュージカル『私のあしながおじさん(同年7月末〜)』では主人公のジュディ・アボットを演じ、注目を集めています。芸能活動自体は1991年4月までと短い期間でしたが、確実に芸能界に爪痕を残したアイドルの1人です。
才能豊かなのに売れなかったアイドル
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里中茶美さんは、アイドルという括りでは収まらないアイドルらしからぬ歌のテクニックを持っていたことで知られています。実際、艶のある歌声・伸びやかなボーカルが印象的なアイドルでした。曲も明るい雰囲気のものが多く、里中茶美さんの声は曲の世界観をよく表現出来ていたと言えるでしょう。また歌唱力の高さに可愛らしいルックス・親しみやすさ・知性が加わったことで、里中茶美さんの魅力が更に高まります。握手会で一人一人のファンの顔を覚えていたというエピソードも残っているよう、逆に「何故売れなかったのか?」と疑問に思う声も少なからずありました。
90年代はWink と森高千里の2人勝ち時代
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里中茶美さんが活動していた1990年代は、WINKと森高千里さんが台頭していた時代でもありました。実際にWINKは1980年代後半に一世を風靡(ふうび)し、『愛が止まらない 〜Turn it into love〜』『淋しい熱帯魚』など、数多くの大ヒットを世に輩出しています。森高千里さんも『渡良瀬橋』など、WINKに劣らないぐらいにヒット曲を出していましたね。キュートで歌唱力もあるのに里中茶美さんの人気が伸び悩んだのには、90年代に人気を博したWINKや森高千里さんのようなアイドルの陰に埋もれてしまったということも理由として考えられるでしょう。また、そもそも里中茶美さんがデビューした89年は、80年代に全盛期だったソロアイドルに徐々に陰りが出てきた時期でもありました。実際に多くのアイドルが退場していったので、思うように売れなかったのは結果的にタイミングが合わなかっただけの可能性が高いです。
引退後の現在は一般企業のビジネスウーマン
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里中茶美さんは1991年の『私のあしながおじさん』出演後、芸能活動休止期間に入りました。一旦は沖縄アクターズスクールで秘書の仕事をしていましたが、2000年代には本名の邊土茶美(へんとな ちゃみ)名義で活動を再開。沖縄のローカルテレビ『Paradise T.V』の生活報道番組の司会の他、ラジオ番組『CHAMIと HISANO のちょっと IN THE ROOM』のパーソナリティーとして活躍しています。漫画家でタレントの山咲トオル(やまざき とおる)さんによると、里中茶美さんは最終的に芸能活動を引退。少なくとも山咲とおるさんが直接会って聞いた2018年時点では、一般企業のビジネスウーマンをしていたそうです。現在でもビジネスウーマンとして働いているかは不明ですが、一度は復帰しつつも引退しているので芸能界から完全引退したのは恐らく確かでしょう。
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出生名 :里中茶美
生年月日:1975年10月14日
血液型 :A型
身長 :157㎝
体重 :43kg
出身地 :沖縄県沖縄市
職業 :アイドル歌手、タレント
活動期間:1989年4月21日~