ソックタッチ
ソックタッチが生まれたのは1972年。この頃はハイソックスがはやっていて、それを止めるために開発されました。80年代に入ると三つ折りソックスがはやり始めたため、ソックタッチはすたれていき、一度は杯盤になりました。
ですがルーズソックスのブームとともに復活したのです。第一次ブームでソックタッチを使っていた世代の親が問い合わせたことから再販、再生産につながったのだとか。2000年に入ってもハイソックスブームでソックタッチは使われていましたがその後またブームが去っていきました。
ですが、今でも販売されているんですよ。また新たな靴下のブームとともに第三次ソックタッチブームがやってくるかもしれませんね。
ソックタッチがないときはアラビックヤマトで代用したというのも良い思い出です。今思えばなぜノリがあってソックタッチがなかったのか疑問なのですが・・・。
プリクラ手帳
ああ、もはやプリクラ手帳が博物館でガラスケースに入れられて展示されてしまう時代なのですね神様 pic.twitter.com/qXixgtH41g
— 坂﨑基彦 Sᴀᴋᴀᴢᴀᴋɪ Motohiko (@tokyo_seoul) January 11, 2020
はじめは一種類しかなかったプリクラ機ですが、様々なキャラクターとコラボしたり、後藤寺デザインが出たり、珍しいプリクラには長蛇の列ができていたのも懐かしいですね。
今では、プリントで出てくる写真はおまけのような存在で、データを使うことの方が多いようですが昔は写真シールのみでしたから、このシールを手帳に貼っていました。
はじめは自分の写真を貼っていただけだと思うのですが、2人で撮れば1人あたりのシールが多くて余るんですよね(初期は1シート1デザインでした)。ですから余ったシールを交換するようになり、それも手帳に貼るようになりました。
一緒には撮ったことがないのにプリクラを交換する友達のクラスメイトがいました。お互いの友達のことは知らないので手帳には知らない人がたくさん集まっていましたね。
他校の学校指定バッグがステイタスになるような時代ですので、自分の交流関係を示すものとしてプリクラ帳もブームになったのでしょうね。
資生堂のまゆずみ
資生堂の眉墨鉛筆、発色も硬さも細さも好みど真ん中でめちゃめちゃ眉毛描きやすい~!!!これで220円は値段感覚バグる… pic.twitter.com/kGTkvjqmtJ
— 𝐦𝐞𝐞𝐜𝐨(みーこ)🦢イラストレーター (@meecosme_) January 6, 2021
もちろん、メーカーは人それぞれなのですが資生堂の鉛筆タイプを使っている人が多かったです。何がすごいかってこれ、1本200円と女子高生にも嬉しいプライスなのです。色は黒、茶色、グレーの3色があり誰でも自分に合う色があったと思います。
大人になってからそういえば!と思って使ったことがあるのですがお値段はそのまま、でも使い勝手もよく申し分なかったです。
他に流行っていたメイク道具はメイビリンのダイヤルマスカラもありますね。1~10までボリュームをコントロールできるマスカラですが、みんな10で使っていたと思います。ダイヤルの意味、ないですね。
そして化粧ポーチはマリークワントが流行っていました。みんな同じものを使っていた時代ですね。
ラルフローレンのニット
アイテムはベスト、カーディガン、セーター。色も紺、白、ベージュなどいくつかあり、同じブランドですが色や形で個性を出す感じでした。
ラルフローレンの偽ブランドもたくさん出ていましたね。今よりも偽ブランドも簡単に手に入った時代ですので・・・。
ラルフローレンの他には、イーストボーイも流行っていましたね。
そして冬場になるとその上にバーバリーのチェックのマフラーをするのが定番でした。チェックは茶系、青系、グレー系と3色ほどありました。
ニットの形と色、マフラーの色が違うので、当事者だった私たちにはそれぞれ個性を出しているように見えていましたがはたから見れば皆同じだったでしょうね。
靴下は時期によって皆同じでスミスのゴムあり、ゴムなしが流行っていたり、その後ハイソックスが流行っていたりしましたね。
コテ(ヘアアイロン)
今ではヘアアイロンですが、当時はみな「コテ」と呼んでいましたね。休み時間や放課後に髪の毛を巻いてそのまま制服で遊びに行くのが当時のトレンドでした。私服に着替えて出かける時代もあったと思いますが、この頃は女子高生ブームだったからか、制服が一番のおしゃれ着という感じでしたね。むしろ学校が休みの日でも制服で出かけている人もたくさんいました。
当時の女子高生の必需品を振り返ってみると、かなり独特なものばかりで時代を感じますね。今の女子高生もいつか懐かしく思い出す日が来るのでしょうね。