ロマンポルノの星と言われた田中真理さん
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田中真理さんの経歴・エピソード
女優デビュー
東京目黒区の薬局に生まれた田中真理さんは、中学二年生で『劇団こじか』に入団します。
1967年、高校在学中にスカウトを受けて日活に入社されると、1969年には『田中マリ』の名義で『女番長 仁義破り』に出演して映画デビューしました。
1967年、高校在学中にスカウトを受けて日活に入社されると、1969年には『田中マリ』の名義で『女番長 仁義破り』に出演して映画デビューしました。
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日活との契約は1年だったため、そのまま女優から離れて高校生活に専念されますが、卒業すると、再び日活と契約して『田中真理』名義でポルノ作品や、テレビドラマにも出演されるようになります。
ポルノ作品で初主演
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日活ロマンポルノ裁判
1972年頃、日活ロマンポルノの作品が猥褻図画として摘発され、その中には田中真理さんの主演作品『恋の狩人 ラブ・ハンター』『愛のぬくもり』などの数々のタイトルも含まれていました。田中真理さんも関係者として取り調べを受け、その過程で、『警視庁のアイドル』『エロスの女闘士』と呼ばれるほどにメディアの取材も集中しました。
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現在では日活ロマンポルノ裁判と呼ばれることになった当時の摘発騒動は、1978年に東京地裁が無罪判決を下して検察側が控訴。1980年には東京高裁から再び無罪となりました。
この判決を受け、検察は上告を断念。これまでの一連の騒動は幕を閉じることになります。
この判決を受け、検察は上告を断念。これまでの一連の騒動は幕を閉じることになります。
芸能界を引退されるまで
1973年に出演した『恋の狩人・欲望』は、裁判で係争中の事件を扱った内容ということもあり、日活の社内では大騒ぎになります。そして、次回作『恋の狩人・淫殺』はクランクイン直前で制作中止になってしまいました。その後、田中真理さんは日活を退社されます。
ここで女優活動はしばしの空白期間がありますが、1977年には本格派女優として、一般映画やテレビドラマといった分野で活躍されるようになります。しかし、1980年代に入ると、芸能活動からは離れ、女優業を引退してしまいました。
田中真理さんの主な代表作
ポルノ作品
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内容&あらすじ
ある日、今日子は夫のいない留守に、英之、和男、久子らを新しく買った海辺の別荘へ誘った。彼女は彼らに「夫との間に愛なんかない」と言い切るのだった。そして愛とはある条件のもとではじめて成立するものなんだとも言った。久子にはそれが全く理解できなかった。今日子は久子との間に厚い壁を感じ、嫉妬さえ抱いていた。そして久子に出すべきグラスの中に、例の白い錠剤を沈ませていた。数時間後、久子は今日子のベッドで昏々と眠りこんでいた。久子の下着をはがし、今日子も全裸になって久子を愛撫し始めた・・・。1972年の初頭におどり出た衝撃の日活ロマンポルノ大作。
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生年月日:1951年8月1日
出生地 :東京都目黒区
活動期間:1967~1981年