加藤茶(加トちゃん)
「カトちゃんケンちゃん」はゲームにもなりました
pcエンジン・カトちゃんケンちゃん!難易度が高いアクションゲーム!TV番組が基になっています! - Middle Edge(ミドルエッジ)
1987年にハドソンから発売されたpcエンジン「カトちゃんケンちゃん」。名コンビがゲームで探偵になって登場します。そう、あの大人気バラエティの1コーナーのように!往年の名物キャラも出てきてテンションが上がりました!
実はいかりや長介と同期だった加藤茶
ある日手当ての100円をマネージャーに催促したところ、マネージャーに100円を投げつけられ、頭に来てマネージャーと喧嘩してクビに。
その後、先輩から捨てておいてと頼まれたドラムスティックを使い練習、ドラマーとしてクレージーウエストにメンバー入りし、仲本コージ(現・仲本工事)と出会う。
その後、先輩から捨てておいてと頼まれたドラムスティックを使い練習、ドラマーとしてクレージーウエストにメンバー入りし、仲本コージ(現・仲本工事)と出会う。
【仲本工事】これぞイブシ銀!ドリフターズ4番目の男は運動神経抜群!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
仲本工事といえば思い出すのは「8時だよ!全員集合」の体操コーナー。
via http://ameblo.jp/katochanpe-blog/entry-11326940301.html
いかりや長介はザ・ドリフターズを率いたリーダー!晩年は「和久さん」で人気を博しました。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
私たちの世代、「いかりや長介」といえばドリフターズのリーダー。若い方からは「踊る大捜査線の和久さん」として人気でした。いかりやさんの生涯を振り返ります。
ドリフターズ加入後の活躍
志村けん登場までは一手にギャグを受け持つ
「加トちゃんぺ」のギャグで、一躍人気者に
1964年には、ドリフターズの初レギュラー番組『ホイホイミュージックスクール』にて、「加トちゃんぺ」のギャグが受け、一躍人気者になる。
これは、付け髭の糊が剥がれやすかったために、度々2本指で押さえていたものがギャグとして通用したと本人が語っている。
これは、付け髭の糊が剥がれやすかったために、度々2本指で押さえていたものがギャグとして通用したと本人が語っている。
1970年代前半には小学生の間でカリスマ的存在に
1969年より『8時だョ!全員集合』で数々の一発芸をヒットさせ、1970年代前半には小学生の間でカリスマ的存在に。
この時代のトレードマークは禿げヅラにビン底メガネにちょびヒゲであり、加藤茶のキャラクターグッズも、その姿をモチーフにしたものが多い。
この時代のトレードマークは禿げヅラにビン底メガネにちょびヒゲであり、加藤茶のキャラクターグッズも、その姿をモチーフにしたものが多い。
via http://ameblo.jp/katochanpe-blog/entry-11947817430.html
大ブレイクした「ちょっとだけよ」
社会や人間関係の縮図をディフォルメした初期のコントや映画に於いては、お笑い(いつも損をする役、イジメられ役、道化)の中心で、ドリフターズ・メンバーの中で最も持ちネタやギャグが多かった。特に1972年から1973年までの間『全員集合』で毎週たった一度だけ「タブー」の曲に合わせて踊る「ちょっとだけよ」は大ブレイクした。「ちょっとだけよ」のネタは、仕事で出かけた広島市のストリップ劇場で見たストリップショーにヒントを得たという。
ドリフ優勝旗返還 - YouTube
via www.youtube.com
途中からメンバー入りした志村けんが大ブレイク
志村の人気がブレイクした後は一手にギャグを受け持つ存在から、志村とのコンビで笑いを生み出す存在へと立ち位置を変化させた。
愛称は「加ト茶」「カトちゃん」「ヒデ坊」「チャー坊」など。父はギタリストの平八郎。