ボウリングの日(日本ボウリング場協会1972)、夫婦の日(毎月)
ファミコン『ダイナマイトボウル』家で好きなだけボーリングを楽しめたスポーツゲーム!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
ダイナマイトボウルは、東芝EMIから発売されたボーリングゲームで、迫力の3D画面でボウリングを完全にシュミレーションしたAモードや新たなルールを組み込んだBモードの2種類がありました。最高5人まで遊ぶことが出来るので、スコアの競い合いを楽しむ事ができました。
1960年 - 日本航空が東京国際空港(羽田空港) - 福岡空港(板付空港)間に深夜割引便ムーンライト号の運航開始。
1972年 - 四畳半襖の下張事件: 『四畳半襖の下張』を掲載した月刊誌『面白半分』が猥褻文書販売の疑いで発売禁止。
1976年 - この日発売の週刊少年ジャンプにて『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(山止たつひこ→秋本治作)の連載が開始。
時代を先取りしたマンガ【こち亀】は未来を予言していた。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)と言えば、時代を先取りした様々なハイテク機器やアイディアが登場します。そして凄いのは数年後に実際に実用化された物も多くあるという事です。
1986年 - W杯メキシコ大会準々決勝で、ディエゴ・マラドーナの「神の手ゴール」と5人抜きの「世紀のゴール」により2対1でアルゼンチンがイングランドに勝利。
アルゼンチン元エース、ディエゴ・マラドーナは悪童だったのか?神の子だったのか - Middle Edge(ミドルエッジ)
ディエゴ・マラドーナは、アルゼンチン・リーグ史上最年少(13歳)でプロデビューし、ボカ・ジュニアーズなどを経て欧州に渡った。FCバルセロナではさまざまな問題に陥り活躍しきれなかったが、SSCナポリではセリエA優勝2回、UEFAカップ優勝1回の動力源となり、「ナポリの王様」としてファンから愛された。アルゼンチン代表エース10番として1986年の本大会で優勝、代表でも大活躍したが、1997年に現役引退から年月が経った現在でも彼の信奉者多い。特にアルゼンチンではマラドーナを「神の子」と崇拝され、ナポリでは「フットボールの王様」として讃えられている。1977年に歴代最年少(16歳)でアルゼンチンA代表にデビューし、1979年にはU-20アルゼンチン代表としてFIFAワールドユース選手権で優勝して大会最優秀選手に選ばれた。
1987年 - プロ野球選手の衣笠祥雄に国民栄誉賞が贈られる。
赤ヘル打線の主砲!プロ野球界の鉄人!【衣笠祥雄】は凄かった!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
赤ヘルの英雄。衣笠祥雄といえば、とにかく休むことなく、試合に出続けた鋼の体を持ったスラッガーである。その記録は、すさまじい記録で、引退するまで試合に出続けたからこそ、出来た記録です。そんな衣笠祥雄の、現役時代の過去と、引退後の今をご紹介します。
1998年 - 総理府の外局として金融監督庁(現 金融庁)を設置。
誕生日の主な有名人
シンディ・ローパー(歌手1953)
北勝海(元力士1963)
阿部寛(俳優1964)
西山喜久恵(アナウンサー1969)
北勝海(元力士1963)
阿部寛(俳優1964)
西山喜久恵(アナウンサー1969)
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シンディ・ローパーのとにかく元気になる『Hey Now』!ものまね王座決定戦ではご本人が登場! - Middle Edge(ミドルエッジ)
1994年にシングルカットされた『Hey Now』。元の曲は1983年にリリースされた『ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン』であり、そのミュージックビデオも魅力的な内容だった。「ものまね王座決定戦」出演時のシンディ・ローパーのはじけっぷりもご紹介する!
阿部寛は今や貫禄の大俳優、でも実はバブル期デビューの再ブレイク組。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
映画やドラマ、CMなどでもお馴染みの阿部寛。バブル時代はモデルとしても人気絶頂だった彼ですが、その後は不遇の時代を経て「TRICK」で再ブレイクしたんです。そんな阿部寛の経歴をおさらいしましょう。
歴代『ミスソフィア』(ミス上智大学)女性タレントや女子アナウンサーへの登竜門ともなっている - Middle Edge(ミドルエッジ)
歴代『ミスソフィア』を獲得した女性を振り返ってみましょう。1980年代頃のアナウンサー(特にフジテレビ)は上智大学出身者が非常に多かったですね。1984年のミスソフィア「河野景子」元アナウンサーはアイドル・アナウンサーの先駆けでした。最近では慶應出身のアナウンサーが増えていますが、上智大学出身のアナウンサーも依然として多いです。
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