大ヒットした3ナンバー専用車【三菱・ディアマンテ】<1990年日本カー・オブ・ザ・イヤー>
2017年4月20日 更新

大ヒットした3ナンバー専用車【三菱・ディアマンテ】<1990年日本カー・オブ・ザ・イヤー>

2500ccクラスという新たなマーケットを開拓するため三菱が投入した3ナンバー車「ディアマンテ」。三菱自慢のハイテクを装備しながらもトヨタ・マークⅡよりも大きなボディで価格は安い設定が話題を呼びました。

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1990年デビュー「三菱・ディアマンテ」

三菱・ディアマンテ(初代:1990年~1995年) 

三菱・ディアマンテ(初代:1990年~1995年) 

【画像提供:カーセンサーnet 】
1990年にデビューした4ドアピラードハードトップ「ディアマンテ」。三菱自動車初の“3ナンバー専用車”として登場し、3ナンバー課税が撤廃されたベストタイミングとバブルの恩恵を受け、爆発的と言って良いほどの売れ行きをみせたクルマでした。

【車名の由来】

旧三菱財閥の流れを汲む三菱グループのマーク「スリーダイヤ」

旧三菱財閥の流れを汲む三菱グループのマーク「スリーダイヤ」

“ディアマンテ”はスペイン語で“ダイヤモンド”を意味し、三菱グループのマーク「スリーダイヤ」に由来しています。三菱自動車が自社の名前から車の名前を取ることは「トレディア」「コルディア」の時にも行われたことでしたが、この「ディアマンテ」に相当の自信を持っていたことが窺えます。

ヒットの理由:安価に乗れる憧れの3ナンバー車

堂々とした3ナンバーボディ

堂々とした3ナンバーボディ

ファースト・ミディアム・クラスを象徴する全幅1775mmの低くワイドに構えたボディ。

【画像提供:カーセンサーnet 】
「ディアマンテ」が人気車種となった最大の理由は【安価に乗れる憧れの3ナンバー車】という理由からでしょう。大きくて見栄えがいい割にお買い得な価格設定で、最廉価グレードの2リッターV6搭載車は205万8千円から用意されていました。

「ディアマンテ」が登場した1990年はまだバブル景気。その前年、消費税導入に合わせて3ナンバー車の自動車税額が引き下げられたことで“憧れの3ナンバー車”が身近なものとなり、購買意欲が最高潮に達しているところへグッドタイミングで投入された“庶民の手の届く高級車”が「ディアマンテ」だったのです。

「トヨタ・マークⅡ」や「日産・ローレル」といった市場を争うモデルが3ナンバーサイズになるのは2~3年後のことであり、「ディアマンテ」は、以降の日本の上級セダンの定番である「3ナンバーボディ&2リットルオーバーエンジン」の先駈けとして大ヒットしました。

意味深なキャッチコピー「あの車とは違う。」・・・それってBMW?

三菱 ディアマンテ CM 1990年

あの車とは違う。
ファースト・ミディアム宣言
「ディアマンテ」はフロントが「BMW」に似ていると言われていました。そして、「ディアマンテ」の宣伝コピーが「あの車とは違う。」だった為、当時「あまりにもBMWに似ているから、あえて宣言した」と揶揄されてしまいました。

しかし、実際は、当時のベストセラー、5ナンバーの「マークⅡ」とは違うという意味だったそうです。
BMW 318i

BMW 318i

バブル絶頂期の80年代末には「六本木のカローラ」と呼ばれるほどBMW 3シリーズが都心にあふれていました。
マークII(6代目 X80系)

マークII(6代目 X80系)

1988年に登場した6代目マークⅡ。マークⅡが3ナンバーボディになるのは次の7代目が登場する1992年10月まで待たねばなりません。

【画像提供:カーセンサーnet 】

三菱お得意の電子制御満載のハイテク車

電子制御を駆使したハイテク装備

電子制御を駆使したハイテク装備

発売時のグレード体系は、下から2Lの「20E」、2.5Lの「25E」「25V」「25V-SE」、3Lの「30R」「30R-SE」の全6タイプ。

装備面では、車速・操舵力感応型の4WSやアクティブ電子制御サスペンション、トラクションコントロールシステム(TCL)など、当時として最先端のメカニズムが用意され、上級グレードに至っては「ついていないものは何もない」と言っても過言ではないほどの充実ぶり。

当時、このクラスの上級セダンは、FRの駆動方式を採用するのが定番でしたが「ディアマンテ」はFF駆動方式を採用。また、発売当初より4WDの設定があったりと、珍しいクルマでした。
ボディサイズの余裕から、快適な室内空間

ボディサイズの余裕から、快適な室内空間

FF方式を基本としているため、後席にもゆったりとくつろげる広さがありました。

【画像提供:カーセンサーnet 】

初代NSXを破り、三菱2台目のカー・オブ・ザ・イヤー受賞!

“その年の最も優秀なクルマ”に贈られる、「日本カー・オブ・ザ・イヤー」。発売と共に大好評となった「ディアマンテ」は、1990年(1990-1991)の日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。この年は、あの「ホンダ・NSX」もノミネートされていましたが、「ディアマンテ」が獲得しました。

三菱車としては、1987年(1987-1988)日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した「ギャラン」以来、2台目の受賞でした。
第11回 1990 – 1991 日本カー・オブ・ザ・...

第11回 1990 – 1991 日本カー・オブ・ザ・イヤー「ディアマンテ」

「ホンダ・NSX」(1990年発売)

「ホンダ・NSX」(1990年発売)

F1最強時代を築いたホンダが作った国産スポーツカー。開発にはアイルトン・セナや中嶋悟など、当時ホンダがエンジンを供給していたF1チームのドライバーが走行テストに参加していました。

【画像提供:カーセンサーnet 】

アイルトン・セナがNSX-Rを 鈴鹿で試走

セナの素晴らしい走りが見られる動画です。

ドラマ『代表取締役刑事』の劇用車だったディアマンテ

舘ひろし演じる「兵頭真」の愛車として登場した「ディアマンテ」。
舘ひろし主演ドラマ『代表取締役刑事』

舘ひろし主演ドラマ『代表取締役刑事』

「東京下町辰巳署には個性あふれる優しい刑事たちがいる。現代を写す様々な事件に立ち向かう刑事の姿を描く人情と感動のヒューマン・アクション」をキャッチコピーに、石原プロモーションのテレビ処女作『大都会 闘いの日々』への回帰を目指して制作したヒューマン路線の刑事ドラマ。
仕事で使用する覆面パトカー、プライベートで使用する自家用車とも三菱・ディアマンテを使用しているが「洗う暇がない」とのことで車体はいつも埃まみれである。
この『代表取締役刑事』の直前に舘ひろしが出演していた『刑事貴族』でも、舘ひろし(役名:牧俊介)の愛車「フォード・マスタングマッハ1」は傷だらけのボロボロでした。当時、舘ひろしのクルマに対するこだわりを感じたものです。

姉妹車「シグマ」

シグマ(1990年~1996年)

シグマ(1990年~1996年)

【画像提供:カーセンサーnet 】
ディアマンテには、姉妹車が存在しました。1990年10月に発売された「シグマ」。先に発表され好評を受けた「ディアマンテ」と同じプラットフォームを使い、「ディアマンテ」より室内長で30mmほど高い余裕を持った大型セダンでした。

前期型は角目4灯ヘッドライト、独立したグリルを採用し、ディアマンテとの差別化をはかっていましたが、後期型ではディアマンテと同じフロントマスクに変更されました。

ハードトップボディの「ディアマンテ」に対してより使いやすい正統派セダンとしての登場でしたが、「ディアマンテ」の勢いがありすぎ、その存在感は希薄でした・・・。
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【画像提供:カーセンサーnet 】

1993年「ディアマンテワゴン」追加

ディアマンテワゴン

ディアマンテワゴン

【画像提供:カーセンサーnet 】
1993年3月、ワゴンモデルを追加。4ドアハードトップとは異なり、オーストラリア三菱で生産されたものを輸入するという形で国内販売されました。しかし、340万円以上という価格設定ゆえ、国内での販売台数は芳しくありませんでした。
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【画像提供:カーセンサーnet 】
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