タレント政治家・タレント議員の歩み
2016年7月24日 更新

タレント政治家・タレント議員の歩み

高度経済成長期の1960年代から1970年代にかけてタレント議員が急増してきました。お笑いタレント、女優、アナウンサー、アイドル、スポーツ選手、格闘家など多様なタレントが政治家になっています。代表的なタレント議員をピックアップしておさらいしてみましょう。

17,178 view

1946年、タレント議員第一号「吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・石田一松」。「芸能人代議士」と形容された。

タレント議員第一号「吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・...

タレント議員第一号「吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・石田一松」

石田 一松(いしだ いちまつ、本名同じ、1902年11月18日 - 1956年1月11日)は、広島県安芸郡出身の演歌師、演歌歌手。作詞家、作曲家。お笑いタレントで、吉本興業(東京吉本)所属。戦前の一時期、石田一涙と藝名を名乗る。

戦後は並行して政治家、衆議院議員を務め、タレント議員・第一号とされる。法政大学卒業。身長五尺四寸、体重十七貫。(自著記載より) なおなぎら健壱は彼の孫弟子にあたる。

1946年、戦後初の衆議院議員総選挙、第22回衆議院議員総選挙に大選挙区の東京1区から立候補して当選した吉本興業(東京吉本)所属の演歌師・石田一松が、一般的にはタレント議員第一号と言われている。

ただ石田当選時には芸能人等を指して「タレント」と表現する用法はまだ存在しておらず、石田は在職中「タレント議員」と呼ばれることはなく、専ら「芸能人代議士」と形容された。
芸能人代議士「石田一松」 議席を得ても芸能活動は辞めず...

芸能人代議士「石田一松」 議席を得ても芸能活動は辞めず昼は国会、夜はステージに立った。

1946年4月10日、戦後初の衆議院議員総選挙に一人一党の日本正論党を掲げ大選挙区の東京1区から立候補。

この選挙は女性議員が数多く出馬し初当選して話題を呼んだが、石田も今度は「~地盤とカバンは有りませんけど、看板だけなら日本中~ハハのんきだね~」などと演説の間に持ち歌を歌って人気を集め、鳩山一郎、野坂参三、浅沼稲次郎らに次ぐ7位で見事当選した。

当時は「タレント」という言葉が無かったので「芸能人代議士」と呼ばれた。この為今日言われるタレント議員・第一号とされその草分けとされる。

この後、中選挙区の東京5区から連続当選4回し代議士として活躍。三木武夫と行動を共にし国民協同党、改進党に属した。議席を得ても芸能活動は辞めず昼は国会、夜はステージに立った。

1951年、国民民主党に名前を変えていた党の党議に背き日米安保条約・対日平和条約の批准に反対、“全面講和”を主張して離党。また、日本共産党の川上貫一議員の除名決議に際しても「国会での発言封じは民主主義の危機」と主張し反対票を投じる(しかし川上は賛成多数となり除名が決定)。

1953年の「バカヤロー解散」による総選挙で落選。1955年の第27回衆議院議員総選挙では、党の公認をとれず無所属で出馬し惨敗。その後もヒロポン中毒に悩まされながら寄席に出演し続けた。1956年、長年にわたり打ち続けたヒロポンで身体はがたがたに蝕まれ胃癌により死去。享年53。

1962年、女性タレント議員の元祖「藤原あき」 「タレント議員」という呼称がマスコミ等で使用されるようになった契機

女性タレント議員の元祖「藤原あき」 その後続々登場する...

女性タレント議員の元祖「藤原あき」 その後続々登場するタレント議員のはしりとなった。

藤原 あき(ふじわら あき、1897年8月10日 - 1967年8月8日)は、日本のタレント、元自由民主党参議院議員。旧姓は中上川(なかみがわ)、のち宮下。筆名、柳園子。東京生まれ。

1955年にNHKの人気番組「私の秘密」のレギュラー出演者となり、そこで聴取者の人気を博す。

自民党がこの人気に目をつけた上に藤山愛一郎の従姉妹という縁から、1962年の参院選に自民党公認で全国区から立候補。116万票の大量得票でトップ当選し、その後続々登場するタレント議員のはしりとなった。

自民党では藤山派に所属、任期半ばの1967年に癌のため死去した。
「タレント議員」という呼称がマスコミ等で使用されるようになった契機は、職業をまさに「タレント」と称していた藤原あきが、1962年7月の第6回参議院議員通常選挙全国区において116万票の大量得票でトップ当選した際の報道であった。

政治家藤山愛一郎の親族であったとはいえ、選挙前までは全く政治活動に関わっておらず、政治的な発言も無かった藤原がそれまでに例のない大量得票をしたことは社会に大きな印象を与えた。

1964年東京五輪で女子バレーが金メダルを獲得したときの監督である大松博文、「日本レスリングの父」八田一朗も議員経験がある。

1964年東京オリンピックでのバレーボール全日本女子チ...

1964年東京オリンピックでのバレーボール全日本女子チーム監督、元参議院議員(自由民主党、1期)大松博文「バレーにヒーローは必要ない。根性が大事なのだ」 スポ根ブームを巻き起こす。

大松博文は1968年(昭和43年)、第8回参議院議員通常選挙全国区に自由民主党公認で立候補し初当選する。

青島幸男 1968年、第8回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し2位で初当選。タレント議員のパイオニア的存在となる。1995年、東京都知事。

主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクタ...

主演したドラマ『いじわるばあさん』では国民的キャラクターとなった「超マルチタレント」と呼ばれた「青島幸男」は、参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)などを歴任した。

「青島幸男」は、参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(...

「青島幸男」は、参議院議員(5期)、第二院クラブ代表(初代・第5代)、東京都知事(第13代)などを歴任した。

1974年、参議院選挙で、全国区から当選した「山東昭子」

自民党結党以来初の女性派閥領袖「山東昭子」

自民党結党以来初の女性派閥領袖「山東昭子」

山東 昭子(さんとう あきこ、1942年5月11日 - )は、日本の政治家。元女優・テレビタレント。自由民主党所属の参議院議員。

参議院史上最多の7回当選を果たし、国務大臣科学技術庁長官(第46代)、参議院副議長(第27代)、自民党両院議員総会長等を歴任。
番町政策研究所(山東派)会長に就任し、自民党結党以来初の女性派閥領袖となった。
自民党所属の参院議員総会が開かれ、当選した議員たちが初...

自民党所属の参院議員総会が開かれ、当選した議員たちが初顔合わせした。握手する山東昭子議員(左)と山口淑子議員。右手前は宮田輝議員、1974年

1960年代から1970年代にかけてタレント議員が急増すると、「芸能院」と揶揄されることもあった。

ただし、1974年参議院選挙で、全国区から当選した山東昭子が日立グループからの全面的な支援をうけていたように、組織型選挙のいわば広告塔的な役割を果たしていたものも多い。

同年には元NHKアナウンサーの宮田輝がトップ当選。同じく1977年の参議院選挙では同アナウンサー同期の高橋圭三が当選している。

山口淑子 1974年(昭和49年)に、田中角栄の要請で自由民主党から第10回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し、初当選した。

昭和の大女優「山口淑子」 1974年(昭和49年)に、...

昭和の大女優「山口淑子」 1974年(昭和49年)に、田中角栄の要請で自由民主党から第10回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し、初当選した。

1974年、フジテレビのワイドショー『3時のあなた』の...

1974年、フジテレビのワイドショー『3時のあなた』の司会者から参議院議員へ転身した。

扇千景は「3時のあなた」の司会役後(1977年)に、政治家に転身。初代国土交通大臣などを歴任した。

昭和の大女優「扇千景」(おおぎ ちかげ)は「3時のあな...

昭和の大女優「扇千景」(おおぎ ちかげ)は「3時のあなた」の司会役後(1977年)に、政治家に転身。

自由民主党総裁福田赳夫や幹事長大平正芳らの要請を受け、1977年7月、第11回参議院議員通常選挙に自由民主党公認候補として全国区から立候補し初当選する。当時はタレント候補の一人と評された。
76 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

「まんが日本昔ばなし」で育った世代必見!金スマで「私たちは市原悦子さんの声に育てられた」放送決定!

「まんが日本昔ばなし」で育った世代必見!金スマで「私たちは市原悦子さんの声に育てられた」放送決定!

TBS系列で放送中の人気バラエティ「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」の2月8日放送分にて、「私たちは市原悦子さんの声に育てられた」と題した、市原悦子特集が放送されることが明らかとなりました。
隣人速報 | 244 view
「スチュワーデス物語」で活躍した“花の82年組”白石まるみが20年ぶりに新曲を発表!!

「スチュワーデス物語」で活躍した“花の82年組”白石まるみが20年ぶりに新曲を発表!!

「花の82年組」としてデビューし、現在は女優として活躍する白石まるみが、20年ぶりの新曲「アニマロジーディスコ」を発表することが明らかとなりました。発売予定日は2019年2月14日。
隣人速報 | 1,426 view
市原悦子さん、告別式に「家政婦は見た!」 追悼特集で「犯罪交渉人ゆり子」シリーズ3作も一挙放送

市原悦子さん、告別式に「家政婦は見た!」 追悼特集で「犯罪交渉人ゆり子」シリーズ3作も一挙放送

1月12日に市原悦子さんが亡くなり、惜しむ声が続くなか、青山葬儀所でモニターを設置し「家政婦は見た!」などの映像を流す予定だとわかった。また、追悼特集も企画されており、「市原悦子サスペンス 犯罪交渉人ゆり子」などが放映される予定。
いしだあゆみの現在は?ドラマ『やすらぎの刻〜道』への出演で大忙し!?

いしだあゆみの現在は?ドラマ『やすらぎの刻〜道』への出演で大忙し!?

女優、歌手としていくつものヒット作を持ついしだあゆみさん。現在はどうされているんでしょうか?調べてみると、2019年4月スタートのドラマ『やすらぎの刻〜道』に出演が決定していました。2015年のドラマ『ラギッド!』への出演以来となるドラマ復帰となります。
ミドルエッジ男子必見!河合奈保子“伝説のビキニ”が「デジタル写真集」として配信開始!!

ミドルエッジ男子必見!河合奈保子“伝説のビキニ”が「デジタル写真集」として配信開始!!

80年代を代表するアイドルのひとり、河合奈保子を特集した1982年発行の雑誌「別冊近代映画 河合奈保子スペシャルパート3」が、このたびデジタル写真集として配信をスタートしました。
隣人速報 | 10,450 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト