第6号:中森明菜
第6号の表紙は中森明菜。当時は1982年11月発売の3枚目のシングル「セカンド・ラブ」が大ヒットを記録していた頃で、1983年2月からの初の全国ツアーを控えていた時期でした。
当時の表紙はこちら!
第8号:伊藤麻衣子
第8号の表紙は伊藤麻衣子(現・いとうまい子)。伊藤は講談社が主催する「ミスマガジン」の初代グランプリを1982年に獲得しており、翌1983年2月にシングル「微熱かナ」で歌手デビューを飾っています。それに合わせ、第8号の表紙を飾ることとなりました。
当時の表紙はこちら!
第11号:徳丸純子
第11号の表紙は徳丸純子。“不作”の年と言われる83年デビュー組の一人であり、1983年3月にシングル「聖・ファーストラブ」で歌手デビュー。それに合わせ、第11号で表紙を飾っています。
当時の表紙はこちら!
第21号:森尾由美
第21号の表紙は森尾由美。徳丸と同じく83年デビュー組であり、1983年5月にシングル「お・ね・が・い」で歌手デビューしたばかりの頃でした。
当時の表紙はこちら!
第24号:鳥越マリ
第24号の表紙は鳥越マリ。1983年、日本航空「JAL沖縄キャンペーンガール」として芸能界入りしたばかりの頃でした。その後は「オールナイトフジ」の司会者として、片岡鶴太郎とのコンビが話題となっています。