2021年3月28日 更新
【三田佳子】ミドルエッジ世代の記憶に残る名女優!次男・高橋祐也の逮捕歴についても!
数々の映画・テレビドラマで主演を果たし、圧倒的な存在感を示してきた大女優・三田佳子さん。次男の度重なる逮捕でもニュースを騒がせました。今回の記事では、そんな彼女にスポットを当てて、全盛期の活躍ぶりやエピソード・代表作品を振り返っていきたいと思います。
女優として華々しく活躍した三田佳子さん
三田佳子さんの経歴
これまで多くの美術家・デザイナー・クリエーターを輩出している名門校・女子美術大学付属中学校・高等学校に通われていた三田佳子さん。在学中から数社の映画会社にスカウトされていたものの、その全てを断っていたそうです。
1967年、東映を退社してフリーに。専属女優という縛りがなくなると、彼女はテレビドラマや舞台にも活動の場を広げるようになります。1984年に出演した映画『Wの悲劇』では、その演技が高く評価され数々の映画賞を獲得しています。
1989年と1990年には2年連続で『NHK紅白歌合戦』の紅組司会を務められ、1991年から1994年までの4年間は高額納税者の俳優・タレント部門の首位に名前を連ねました。
1996年には子宮体癌が発覚。入院を強いられるも摘出手術と5度の抗がん剤治療を経て、闘病生活を乗り越えています。
このときの記者会見で、母親が女優をしているために未成年の息子の事件が報道されてしまって可哀そうと話したことや、毎月50万円ものお小遣いを渡していたと明かして批判を浴びています。
原因は私が人生をかけて究明いたしますと公言し、7社に及ぶCM契約を全て降板。女優としての芸能活動も10カ月自粛しました。
復帰後は以前の活躍ぶりを取り戻すも、2000年に高橋祐也さんは同じ容疑で再び逮捕されてしまい、またも三田佳子さんは芸能生活を1年自粛する事態に。
2007年、高橋祐也さんが覚醒剤所持で現行犯で3度目の逮捕。三田佳子さんは逮捕翌日に記者会見を開き、教育の失敗を挙げて引退も考えたと話しました。しかし、その一方で、当時も月70万円ものお小遣いを渡していたこと、今回は芸能活動を自粛することはしないと発言されています。
紆余曲折の人生を歩んできた三田佳子さん。2014年には春の叙勲で旭日小綬章を授章し、現在も高い評価を獲得しています。日本の芸能史上に残る名女優といえるでしょう。
三田佳子さんにまつわるエピソード
夫・高橋康夫さんはNHKプロデューサー
高橋康夫さんと三田佳子さんは同い年で、制作に関わる仕事をされていたようです。
映画カメラマンとして活躍し、NHKではプロデューサーとして大河ドラマの演出・制作に携われていました。2004年にはNHKを退社されていますが、その後は、企画制作会社の代表として活躍されています。
高橋祐也さんの逮捕のときには三田佳子さんが矢面に立っていましたが、当時、高橋康夫さんは保釈金を納め、自家用車で迎えにいくといった役割を担われていました。
長男・森宮隆さんは俳優としてご活躍
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(旧姓:石黒)
生年月日:1941年10月8日
血液型 :O型
出生地 :大阪府大阪市
職業 :女優
活動期間:1960年~