糸井重里「おいしい生活」☆1980年代、西武池袋本店
2020年2月26日 更新

糸井重里「おいしい生活」☆1980年代、西武池袋本店

1980年代はセゾングループ、西武百貨店そして会長の堤清二氏が輝いていた時代です。 西武グループの発展のスローガンとも言える、糸井重里氏のキャッチコピー「おいしい生活」をはじめ、1980年代当時の広告を振り返ってみました。

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「不思議、大好き。」ではじまった西武百貨店のイメージ戦略

1981年「不思議、大好き。」

80年代の幕開けは、糸井重里氏による。西武百貨店のキャッチ コピー「不思議、大好き。」で始まった。
西武流通グループ代表堤清二氏は、文化的空間と街つくりを夢見た。

流行語になった「おいしい生活」

1982年コーピー「おいしい生活」の大ヒット

1982年コーピー「おいしい生活」の大ヒット

コピー・ライターという職業が一般的には、知られていない時代、西武百貨店のキャッチコピー「おいしい生活」で糸井重里は一躍有名になった。
 大塚英志氏は、このコピーについて『「おたく」の精神史』の中で、こういう風に述べています。「糸井がうれしいと喜ぼうと消費者に語りかけているのは、階級が喪失し、誰でもが等しく豊かになった事態であり、中流幻想の左翼的肯定こそが根幹にある・・戦後の日本社会が富の再分配を徹底した一種の社会民主主義国家に関わっている」
 (1497470)

アメリカの文化やニューヨークの暮らしのイメージ。
アメリカを代表する映画監督であり、俳優のウッディ・アレンを起用した「おいしい生活」の広告が一世を風靡した。
ウッディ・アレン

ウッディ・アレン

当時、人気絶頂だった俳優、映画監督ウッディ・アレンを起用した、西武「おいしい生活」広告。

ウッディ・アレン氏は日本のバブルもはじけた1992年、私生活において同居婚していた。女優ミア・ファローの養女(指揮者アンドレ・プレヴィンとの)、韓国人女性スン・イー(当時21歳)との関係が発覚しス大キャンダルとなった。ミアから訴訟を起こされ、泥沼の裁判の末、離婚。1997年12月、ウッディ・アレンは35歳年齢差のある養子スン・イーとイタリア、ベニスで再婚している。

糸井重里のコピーが、時代と共にヒットする!

1984年「うれしいね、サッちゃん。」

1984年「うれしいね、サッちゃん。」

左、「うれしいね、サッちゃん。」
作詞、糸井重里。作曲、井上鑑。
歌、やまがたすみこ、惣領智子さんという方が歌ってます。
 (1497459)

1984年の西武百貨店のキャッチコピー。糸井重里「うれしいね、サッちゃん。」缶バッチ

糸井重里のコーピーは次々とヒットを飛ばし、堤清二氏率いる西武グループも「西武王国」に成長していった。
いま、どのくらい「女の時代」なのかな。

いま、どのくらい「女の時代」なのかな。

キャッチフレーズとボディコピー
いま、どのくらい「女の時代」なのかな。
【西武流通グループ】

西武グループ、西武系の企業は〈西武鉄道グループ〉と〈セゾングループ〉(1985年までは西武流通グループと称した)の2系列に分かれていました。

そして、時代は…、
1985年に「男女雇用機会均等法」制定、翌86年より施行されました。
このキャッチに続くボディコピーの最初のほうは、以下。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「女の時代」という言葉は、すっかりなじみの
深いものになってきましたね。もともと、
これは、あまりに長く続いた男性中心の社会
に対する「?」として誕生してきた言葉です。
 男性がいる。そして同じ数の、同じように
大切な女性がいる。この当たり前の事実を、
社会がやっと真剣に考えるようになってきた。
 だから、「女の時代」は、まだやっと幕が
開きかけたところ、ほんとうのものにする
ためには、この言葉を支え、育てていく
多くの手が、知恵が、しくみが必要なはずです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これが百貨店の宣伝文句なんです。
1987年サラリーマンという仕事はありません。

1987年サラリーマンという仕事はありません。

1987年8月19日、新聞朝刊の全面広告に掲載された、西武セゾングループの新卒採用広告のキャッチコピーです。

「『会社』説明会ではない、『仕事』説明会を行います」と書かれていて、職種別の説明会の日程が掲載されています。

時代を切り開いた糸井重里のコピーと西武流通グループ

1959年西武池袋本店のヘリポート

1959年西武池袋本店のヘリポート

1959年西武池袋本店のヘリポート 西武スカイステーション開港。

1940年(昭和15)に東京・池袋(いけぶくろ)に設立した武蔵野(むさしの)デパートを、
1949年(昭和24)に西武百貨店に改称。

堤清二氏は、池袋にあった百貨店を後に売上日本一となるまでに成長させた。
1980年代~90年代に成長した池袋駅西武百貨店

1980年代~90年代に成長した池袋駅西武百貨店

池袋といえば、東口にあるのが西武、西口あるのが東武。
池袋駅東口、左が池袋駅西武百貨店、右パルコ。

「おいしい生活」をスローガンに文化の空間として成長した池袋西武百貨店。
1980年代から90年代「生活総合産業」を旗印に西武百貨店、西友、パルコを中核とした流通グループを、金融、ホテル、不動産開発など100社以上を擁する企業グループになった。

バブル崩壊と西武セゾングループ

西武(セゾン)流通グループの解体

西武(セゾン)流通グループの解体

2001年に「セゾングループ」が事実上、解散した。

2013年1月、セゾングループ沼津西武が55年間の歴史に幕をおろし閉店した。

現在、西武(セゾン)流通グループは解体された。西武百貨店はセブン・ヨーカドー傘下に、パルコは、森ビルを経て現在では大丸・松坂屋グループ傘下に、西友はウォルマート傘下にある。他の企業もどこかの企業の傘下にある。
2013年11月25日、80年代流通業界の帝王、堤清二氏は東京都内の病院で死去。86歳

1970年、割腹自殺を遂げた、作家の三島由紀夫氏と命日が同じですね。

「おいしい生活」をおくる、糸井重里

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