DDTプロレス高木三四郎「90sナイトライフ回想録」第3回-芝浦GOLDに華々しくデビュー!?-
2017年12月27日 更新

DDTプロレス高木三四郎「90sナイトライフ回想録」第3回-芝浦GOLDに華々しくデビュー!?-

本コラムは人気プロレス団体「DDTプロレス」社長兼レスラーとして君臨する高木三四郎がプロレス業界に足を踏み入れる以前、名うてのイベンターとして活躍していた90年代の若き日を赤裸々に語るコラム。回想する風景にはバブル期のTV局や90年代東京のナイトライフを彩ったディスコやクラブ、そして当時の煌びやかな人間模様まで描かれる!90年代に東京のナイトライフを経験した読者のみなさん、もしかしたら高木社長と意外な接点があったかもしれませんよ!?

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DDTプロレス高木三四郎「90sナイトライフ回想録」

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このコラムは人気プロレス団体「DDTプロレス」社長兼レスラーとして君臨する高木三四郎がプロレス業界に足を踏み入れる以前、90年代東京のディスコやクラブ界隈で名うてのイベンターとしてキラキラ輝いていた若き日を回想するコラム。

その風景にはバブル期のTV局から90年代東京のナイトライフを彩ったディスコやクラブ、そして当時の煌びやかな人間模様までが赤裸々に描かれます。

ミドルエッジ読者のみなさんで90年代の若かりし頃を東京で過ごした方、もしかしたら当時の高木社長と意外な接点があったかもしれませんよ!?

本邦初公開のネタが次々に明かされる、コラム第3回は「芝浦GOLDに華々しくデビュー!?」をお届けします。
(聞き手:ミドルエッジ編集部)

芝浦GOLDに華々しくデビュー!?

-さて、前回まで2回のコラムでは高木社長とTV局との繋がり、「学生仕出し」としての活躍、学生イベントとの接点までを紐解いていきました。
ここからはいよいよ「学生イベンター」として打って出る高木社長にスポットを当てて参りたく今回もよろしくお願いいたします。
TV局での学生仕出しから麻布十番のマハラジャ、芝浦GOLDと話を進めましたね。それでは芝浦GOLDでのデビューについて、もうちょっと掘り下げてお話しましょう。

学習院大学との交流

-TV局への学生仕出しを通じて、学習院大学との交流が生まれました。
当時、バブルが終わった頃だったのでTV局の仕出しの仕事は少しづつ減ってきてまして。
TV業界も大変だし違う方向性を考えないとなと思っていた時、たまたま芝浦GOLDの箱を押さえることが出来る人と知り合いました。

前回コラムの通り、麻布十番のマハラジャを経てパーティーイベントに気持ちが向いていた頃でしたから、だったら自分たちでやってみようと。聞けば芝浦GOLDは70万円で借りることが出来ると(※日曜日の昼間帯)

そこで芝浦GOLDでイベントやろうとなりまして。
芝浦GOLDのキャパシティは約1,500人、でも僕らクリエイティブ21だけだとチケットは1,000枚程度しか捌けなかったので、どこかと組むしかないなと考えたときに学習院大学だったんですね。
-学習院大学の落研ですか?
いや、落研ではなかったです。入っている連中はみんな言い方悪いですけど本当に遊び人だった。

彼らと仲良くなったので「芝浦GOLDでパーティーイベントやろうと思っているんだけど、どう?」って誘ったんですね。

「大学デビュー」と一緒にしてほしくない

前回のコラムで話した通り、当時はパーティー業界に「リーグ」が存在していました。彼らは合同開催で「MZA有明(現在のディファ有明)」でイベントを開いていたんです。

ただ、彼らリーグのノリがどうしても合わなかったんです。クリエイティブ21はどちらかというと企画系の学生チームだったんですね。ちなみに学習院大の彼らは完全に羽目外すレベルの遊び人。

一方、リーグ側の連中って僕らが感じていた匂いだと「大学デビュー」っぽかった(笑。
-頑張っちゃってる感じ、ですね(笑
そうそう!
学習院の仲間は中高時代から遊んでて明らかに本物だったんです。で、僕らは僕らで地方で遊んでいた連中が東京に出てきて企画系に、という感じでしたので。

だからお互い「リーグってダサい」なんて話になって。
「ああいうのとは近づきたくないよね」って。全然、お互い印象だけで語ってるんで見当違いなんですけれど。

「あいつらは大学デビューだし、どうせ遊んでなかった連中が今になって遊んでいるような連中だよ」って。ああいう奴らとパーティーをやりたくないって、すごい偏見でしかみてなかったんですけどね、ホント(笑。

「大学デビュー」についてもっと突っ込んだ話に…

僕やクリエイティブ21の連中は現役の奴が多かったんです。でも大学がその当時ダサい系の大学だったんです。日東駒専。
-MARCH(マーチ:明治・青山・立教・中央・法政)とは違うイメージということですか?
そうそう。それはそれでちょっと劣等感がありながらも、いや俺たちは中高の頃はあいつらより強かったはず、みたいな。よく分からないのが(笑。

俺たちはあいつらとは違うって。付属から上がった連中はいいけど、そうじゃなくて一般受験で来た奴らとは違う。一般で来た奴らはどうせ勉強しかしていない連中だから、あいつらの大学デビューとは違う…みたいな完全に偏見に満ちた目で見てて(笑。

一方で学習院の奴らは付属からじゃないですか。だから「いや、あんな奴らと一緒にされたくないんですけど」みたいな。

で、そういうのがあってリーグと一緒にやるのは止めようと。お互いによく分からない利害が一致したんです。それで俺たちで名前を轟かせようってことになり、芝浦GOLDに向かったんです。

クリエイティブ21、さすがの集客力!

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