13枚目のシングル「daily news」が小室プロデュース最後の曲となり12月に破局を迎えます。この破局が華原朋美の運命を大きく変えてしまいます。そしてこの年の紅白歌合戦には破局後の華原朋美だけが出場となり小室哲哉の姿はありませんでした。
破局の原因は当時からいろいろ言われていました。最近になって華原朋美自身がインタビューに答えているとあります。
via kennedystamp.jp
破局後の華原朋美
破局後の彼女は壊れてしまったのでは?と思えるような奇行が見られるようになります。
全てを捧げて小室哲哉がすべてと思っていた華原朋美にとってその後の世界や自分はハンドル操作ができなくなった車を操縦しているようなものだったでしょう。大失恋を経験した女性ならわかるあの喪失感は何かで代用なんてできるようなものではありません。
全てを捧げて小室哲哉がすべてと思っていた華原朋美にとってその後の世界や自分はハンドル操作ができなくなった車を操縦しているようなものだったでしょう。大失恋を経験した女性ならわかるあの喪失感は何かで代用なんてできるようなものではありません。
もちろん、アーティストとしての意地もあったであろうこの頃の曲は恋愛という大きな流れに打ちひしがれた女性を歌うような曲ばかりが目立ちます。
華原朋美 - as A person (2001 LIVE) - YouTube
TOMOMI KAHALA FIRST LIVE 2001 ~待っててくれてアリガトウ~ 2001.08.27 赤坂BLITZ
まだまだ悲壮感が感じられますね。曲だけのせいではなく彼女がまだキチンと振り切れていないからのでしょう。
まだまだ悲壮感が感じられますね。曲だけのせいではなく彼女がまだキチンと振り切れていないからのでしょう。
via youtu.be
この頃は薬物依存など言われていた時期と重なり更なる悲痛感を彼女に纏わせてしまいます。
1999年にガス中毒で倒れ緊急入院。退院後は貧血で倒れ再入院と完全な悲劇のヒロインとしてしまう彼女の行動は芸能活動すら危ぶむ人も出てきます。
1999年にガス中毒で倒れ緊急入院。退院後は貧血で倒れ再入院と完全な悲劇のヒロインとしてしまう彼女の行動は芸能活動すら危ぶむ人も出てきます。
使えるものは全て使い、あらゆる手段で自分を取り戻すことに精一杯になっていた華原朋美が2000年に「100%の自分を取り戻す」ために無期限休養することにしました。無期限休養としていたわりには「未来を信じて」というフォト&エッセイ集を出してみたり、「Believe In Future -真夜中のシンデレラ-」などの曲を出したりと無期限休養という感じではない状態なっていました。
『「波少年 〜華原朋美の電波少年的全米デビューへの道〜」という企画が始まったりとカナダに留学したのは無期限休養ではなくこの番組のためだったのかと当時は勘違いしてしまったものです。
生活はもちろん自炊でボイトレもオーディションも努力しアンディ・マーベルのプロデュースのオーディションに合格し全米デビューとなったはずなのになぜかCDは未発売で企画終了と尻切れトンボみたいな感じだったなと覚えています。
生活はもちろん自炊でボイトレもオーディションも努力しアンディ・マーベルのプロデュースのオーディションに合格し全米デビューとなったはずなのになぜかCDは未発売で企画終了と尻切れトンボみたいな感じだったなと覚えています。
再起をかけた華原朋美の活動と挫折
声がかかる仕事は意欲的に受けていったと思われるようなテレビ出演があったり、自分を取り戻すための努力をしているんだなと思えるような活動があったりと華原朋美ファンはもちろん華原朋美も曲を聴いていた世代は応援していたと思います。
2005年以降は6枚目のアルバム「NAKED」のアルバムジャケットでセミヌードを見せたり10周年の記念の年ということもあり記念ツアー「10th Anniversary Celebration 華原朋美 Concert 2005」を開催したりと復活した華原朋美を見ることができた年でもあったのですが急性気管支炎と急性声帯炎を併発し再び自宅療養という結果になってしまいます。
そして時期が悪かったとしか言えない所属事務所のプロダクション尾木が専属契約の解除を発表という事態に公式ファンクラブも解散、所属レコード会社のユニバーサルミュージックとの契約も終了とアーティストとしては八方塞がり状態になります。そして急性薬物中毒で倒れ病院に緊急搬送というマスコミが大好物の結果となってしまうのです。
そして父の住むフィリピンに行き父親の勧めでボランティア活動をして日本から離れた生活をしました。心を養ったということなのでしょうね。
そして父の住むフィリピンに行き父親の勧めでボランティア活動をして日本から離れた生活をしました。心を養ったということなのでしょうね。
華原朋美はさらに輝きを増した
すったもんだという言葉で片づけられない波乱万丈な人生を送ることになってしまった華原朋美にも本当の意味での「再起」が訪れ始めます。
2012年「FNS歌謡祭」に出演し小室哲哉との思い出の曲「I'm proud」を5年半ぶりに歌いその歌い方に復活という言葉を見た人も多いのではないでしょうか。そして多方面で活躍し始める華原朋美を見ることができるようになってきます。
華原朋美×小室哲哉 I'm proud I BELIEVE 2013 FNS歌謡祭 2013.12.04 - YouTube
2013年12月4日にフジテレビ系列で放送された『2013 FNS歌謡祭』で披露した、華原朋美×小室哲哉のコラボレーションによる「I'm proud」「I BELIEVE」です。1998年以来の15年ぶりの共演でした!!
小室哲哉と同じステージに立つ華原朋美を見て、もう大丈夫なんだなと率直に思いました。
小室哲哉と同じステージに立つ華原朋美を見て、もう大丈夫なんだなと率直に思いました。
via youtu.be
自分との別れが華原朋美を壊したのではないかという恐怖感があったであろう小室哲哉にはお互いの再起となる共演を頼もしく思えさらに華原朋美の歌唱力もにも再び感動したのではないかと思われます。