せんだみつおってどんな人!?
via www.wo-gr.jp
せんだ みつお(1947年(昭和22年)7月29日 - )は、日本のタレント、コメディアン。
子役時代を経て、1970年代にラジオ番組・テレビ番組の人気司会者となった。
実息は俳優・せんだ雄太、実娘はタレント・せんだるか。
1972年(昭和47年)10月にキャシー中島とテレビ番組『ぎんざNOW!』(TBS)の司会となり好視聴率を得る。
続いて1973年(昭和48年)10月にスタートした『うわさのチャンネル』(日本テレビ)の司会を務め、人気が爆発した。
現在は、イベント等司会者として全国営業中である。一方、俳優としては、現在も2時間ドラマを中心に主要脇役として活躍している。
「あけおめ」という言葉を最初に使った芸能人という説がある
子役だった幼少期
via www.oricon.co.jp
父は王子製紙の技術者で、父の赴任先であった樺太(サハリン)で生まれた。
1948年(昭和23年)に岩手県に引き揚げ、その後、宮崎県日南市に移る。
小学校2年生の時に東京都杉並区に移り住んだ。
そして子役として活動
小学校3年生の頃より「劇団杉の子」に所属し、子役として活躍していた。初舞台は轟夕起子主演の舞台『人形の家』。高校時代に出会った菅原進と仲良くなり、駒澤大学を中退後のしばらくの間、菅原進が結成したバンドビリーバンバンでコンガを叩いていたこともあった。
せんだは服部栄養専門学校に通いつつ、ムッシュ中野という芸名でビリーバンバンの付き人兼司会を務めることとなったが、その仕事が他のバンドにも広がり、アンドレカンドレ(井上陽水)、吉田拓郎などのコンサートの司会を務めた。
そしてニッポン放送の番組でレポーターとして起用されることに
菅原進がボイストレーニングに通っていた浜口庫之助のつてで、世志凡太の運転手や世志が加わっていたフランキー堺のバンドの巡業に加わるなどの仕事を経て、坂本九がメインパーソナリティーを務めるラジオ番組『東芝ワイドワイドサンデー』(ニッポン放送)のレポーターの仕事を得ることとなった。
ラジオ司会から「ぎんざNOW!」で大ブレイク
初のメイン司会番組は1969年(昭和44年)の『ワゴンでデート』(ニッポン放送)で和田アキ子とのトーク番組であった。その後『ラジオカウント』、『セイヤング』、『ハローパーティー』などラジオ番組の人気司会者となる。
そして「ぎんざNOW!」の司会へ抜擢
清水健太郎 失恋レストラン 関根勤 せんだみつお - YouTube
via www.youtube.com
『ぎんざNOW!』(ぎんざナウ)は、1972年10月2日から1979年9月28日までTBSテレビ(以下、TBS)で生放送された、素人参加型の情報バラエティ番組である。司会のせんだみつおが大人気となったほか、後に著名となったお笑いタレントやミュージシャンが無名・素人時代に度々出演していたことでも知られている。
続いて「うわさのチャンネル」にも出演
和田アキ子 西城秀樹 徳光和夫 四の字固め - YouTube
VTRにありました。
via www.youtube.com
『金曜10時!うわさのチャンネル!!』(きんようじゅうじ うわさのチャンネル)は、日本テレビ系列局で放送された日本テレビ製作のバラエティ番組。和田アキ子とタモリが最初に共演した番組でもある。製作局の日本テレビでは1973年10月5日から1979年6月29日まで、毎週金曜 22:00 - 22:54 (JST) に生放送。遅れネット局では録画放送。