現代も多数のファンがいる「三国志演義」と「三国志正史」の異なる点。
2016年6月20日 更新

現代も多数のファンがいる「三国志演義」と「三国志正史」の異なる点。

「三国志」にハマったのは吉川英治の小説を読んだ時から。男たちの物語に胸を打たれ、何度も読み返したのを覚えています。ちなみにこの三国志は「三国志演義」であって「三国志正史」ではないのです。ではこの2つ、いったいどう違っているのでしょうか。

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三国志には「正史」と「演義」が存在する

私たちが吉川英治の小説や横山光輝の漫画で好きになった「三国志」。
これは一般的に「三国志演義」と呼ばれているものです。


まずはその成り立ちの違いから。
「三国志演義」は劉備たちの生きた時代から約1100年も後の時代、明の時代に書かれた歴史「小説」です。

小説なので多少の虚実や作り話が織り交ざり、事実7虚構3割と言われます。

対して実際の歴史となると陳寿の書いた歴史書、正史に認定されている
通称『三国志』と南北朝の時代に裴松之という人物がそれに入れた注釈が
虚構の無い(とされる)普通の歴史となります。
史実「三国志」と小説「三国志」

史実「三国志」と小説「三国志」

三国志(さんごくし)は、中国の後漢末期から三国時代にかけて群雄割拠していた時代(180年頃 - 280年頃)の興亡史である。

「三国志」とは、魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国が争覇した、三国時代の歴史を述べた歴史書である。撰者は西晋の陳寿(233年 - 297年)。

後世、歴史書の『三国志』やその他の民間伝承を基として唐・宋・元の時代にかけてこれら三国時代の三国の争覇を基とした説話が好まれ、その説話を基として明の初期に羅貫中らの手により、『三国志演義』として成立した。

「三国志」の世界は『三国志演義』を基としてその後も発展を続け、日本だけでなく、世界中に広まった。

単に『三国志』と言う場合、本来陳寿が記した史書のことを指す。対して『三国志演義』とは、明代の白話小説であり、『三国志』を基としながらも説話本や雑劇から取り込まれた逸話や、作者自身による創作が含まれている。また、登場する地名・官職名・武器防具などは三国時代の時代考証からみて不正確なものも多い。

三国志正史

三国志正史

三国志正史

成立:晋代(3世紀末)
著者:陳寿(5世紀に裴松之が加えた注釈も含む)

陳寿の書いた『魏志30巻』『呉志20巻』『蜀志15巻』をまとめて『三国志』と呼ぶようになりました。これに裴松之が加えた注釈を含めて正史と呼びます。

陳寿が私選の書として編集していたものが、出来の素晴らしさから正史に認定されました。三国の中で魏が正等な王朝として位置づけられています。(これを認定した晋は魏から禅譲を受け、魏は漢から禅譲を受けているため)
『三国志』は、信頼性の乏しい情報を極力排して簡朴明解な記述を行ったため、「質直さにおいて司馬相如を超える文章」(「陳寿伝」に載せる范頵の上表)「人物評価に見るべきものがあり、記事は公正正確なものが多い」(裴松之「上三国志注表」)などの高い評価を受けた。

しかし南朝宋の裴松之がその簡潔すぎる記述を惜しみ、当時存在した諸種の文献を引用し注釈を作成した。『三国志』とこの裴注、また『後漢書』、『晋書』、『華陽国志』、『世説新語』などに散見する三国時代の記述が三国志の史実世界を構成している。

『三国志』の戦乱と激動の記録は後世、特に唐宋の文人の詩想を大いに刺激した。『三国志』をモチーフにした詩詞としては杜甫「蜀相」、杜牧「赤壁」、蘇軾「赤壁賦」、陸游「書憤」などが特に名高い。

三国はそれぞれ正統性を主張したが、魏が蜀を滅ぼした後、魏から禅譲を受けるという形で司馬炎が建てた晋(西晋)によって、魏が正統であるとされた。 しかし、南北朝時代に入り、晋が全国政権ではなくなると(東晋)、習鑿歯が蜀漢正統論を唱え、次第に注目されるようになった。

宋代には三国のうちどの国が正統であるかという、いわゆる「正閏論」が盛んになり、司馬光(『資治通鑑』)・欧陽脩(『明正統論』)・蘇軾(『正統弁論』)らは中国の過半を支配した実情から魏を正統とした。

しかし、「正統」を決めようすること自体が現実的側面よりは観念的・倫理的な側面の強い議論であり、結局は観念論に基づいた朱子の蜀漢正統論(『通鑑綱目』)が主流となっていった。この歴史観は朱子学の流布と共に知識人階層に広まり、劉備を善玉とする『三国志演義』の基本設定に一定の影響を与えた。

清代に考証学が盛んになると、王鳴盛『十七史商榷』・趙翼『二十二史箚記』・銭大昕『二十二史考異』・楊晨『三国会要』など多くの研究が著された。これら考証学の成果は民国に入って盧弼『三国志集解』によって集大成された。

また、三国志時代の社会経済等については、同じく民国の陶元珍の『三国食貨志』(上海商務印書館 1934年)がある。

三国志演義

三国志演義

三国志演義

成立:明代(14世紀)
著者:羅貫中(施耐庵とする説もある)

正史をもとに講談などの逸話(虚構)を取り入れ作られた歴史小説です。

三国の中で蜀を正等とし、蜀皇帝となった劉備を主人公、魏の曹操を悪玉として描いています。

『演義』の特徴として歴史の大筋は事実と変わらないものの、個人の業績などが大きく脚色されています。また架空の人物も多く登場し物語りに彩りを加えています。
『三国志演義』は通俗歴史小説の先駆となり、これ以後に成立する『東周列国志』『隋唐演義』『楊家将演義』などに大きな影響を与えている。

『三国志演義』自体の続編としては晋代を舞台にした酉陽野史『続編三国志』がある。また民国に入って、周大荒が蜀漢が天下を統一するように改作した『反三国志』(卿雲書局 1930年)というパロディ小説がある。

『三国志演義』は、手軽に手に入り読むことができ、また戦略の成功・失敗例が明解に描かれているため、いわば「素人向け兵法書」としても重宝された。張献忠・李自成・洪秀全らが農民反乱を起こした際、軍事の素人である彼らは『三国志演義』を「唯一の秘書」としたと言われる(黄人『小説小話』)。

また初期清朝は、満州貴族達の教育に有用な漢籍を「官書」として満州語訳したが、『三国志演義』も順治7年にダハイによって訳されている。近年の奇書として成君億『水煮三国』(中信 2003年)がある。これは三国志の人物を現代世界に登場させ、ビジネス戦争を勝ち抜いていくというパロディ小説であり、未曾有の経済発展を続ける現代中国において『三国志演義』はビジネスという群雄割拠の戦乱を勝ち抜く兵法書とみなされた。

三国志の物語の母体となったのは説話や雑劇、すなわち講唱文芸や演劇などの民間芸能であるが、これらは『三国志演義』という完成品を生み出した後も引き続き発展し続ける。演劇では京劇・川劇・越劇など、講唱文芸では子弟書・鼓詞・弾詞などで今も三国志は主要ジャンルの一つであり、また三国志の登場人物に関する民間伝説も多く生まれ、近年民俗資料として収集が進んでいる。これらの中には『三国志演義』とは違ったエピソードが語られているものも多くある(例えば京劇の「三国戯」において貂蝉は「任紅昌」という本名を持っているが、これは雑劇に由来する設定で『三国志演義』に取り入れられなかったものである)。

現代の大衆文化としては、児童向けの『連環図画三国志』(上海世界書局 1927年)があり、実写ドラマとして『三国志 諸葛孔明』(湖北電視台 1985年)『三国志』(中国中央電視台 1990年)などがある。

また近年は日本のゲーム・漫画市場における三国志ブームが逆輸入されて、日本の作品を模倣して三国志の漫画・ゲームなどを作成されている。

その他、中国国内での経済的意欲の高まりと共に三国志をテーマにした観光ビジネスの展開が各地で進み、ゆかりの地では巨大な石像の建立や記念施設が建てられ、中にはテーマパークのような施設も多い。

魏が正当な「正史」、蜀を正当とする「演義」

史実をドラマティックに脚色した演義

史実をドラマティックに脚色した演義

正史において劉備は一豪族でしかありません。
正史と演義で決定的に異なるのは、正史が曹操を正当な支配者としているのに対し、演義は劉備を正当であるとしている点です。

史実では三国時代のきっかけとなったのは曹操であり、革命者・軍学者などの面をでも曹操が人物、劉備は一勢力に過ぎません。

ではなぜ演義では劉備を英雄化するのでしょう。
これについては小説として支持を得やすい対立構図としての「判官びいき」ということでしょうか。

民衆とすれば、曹操という巨大な存在に立ち向かった劉備を格好よく描くことでスカッとしたかったのでしょう。

ギャップ① 「趙雲」

趙雲

趙雲

趙雲と言えば、三国志演義中で魏ファン・蜀ファンを問わず人気のある武将ですが、正史ではほとんど出てきません。
なぜ正史では無名の彼が物語中でも屈指の人気武将として描かれたのか。
なんと演義の作者である羅貫中と同郷の人だったからです。

ギャップ② 「曹操」

曹操

曹操

現存する「孫子の兵法」は曹操が註を加えたものであり、一説にはほとんど曹操による作とも言われています。
もとの「孫子の兵法」には幻術や妖術とも思われる非合理的な要素が数多くあったのですが、曹操はこれらを排除して純粋な軍学書にしたのです。
曹操こそ類い希な革命家であり、軍学家でもあり、詩人でもあったのですが、演義では冷血な野心家として描かれています。

ギャップ③ 「孔明」

孔明

孔明

演義では天賦の才を持つ軍略家として描かれる諸葛亮孔明。
確かに内政/外政において有能な人物でしたが、軍事については門外漢でした。
幾度となく魏を敗走せしめた記述がありますが、実際は再三にわたる遠征にも関わらず魏をおびやかすことは一度もありません。
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