【赤ヘル炎のストッパー】津田恒実、闘志溢れる直球勝負!!
2016年11月25日 更新

【赤ヘル炎のストッパー】津田恒実、闘志溢れる直球勝負!!

「赤ヘル炎のストッパー」津田恒実を憶えていますか?絶頂期のランディ・バース相手に150km/h超のストレートで3球三振に斬って取るなど、津田の速球は子供ながらに美しく見えていたものです。惜しくも若くして亡くなった津田について振り返りたいと思います。

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闘志溢れる剛速球と縦横の鋭いカーブが持ち味でした!

1988 津田恒実 - YouTube

津田恒実

「炎のストッパー」と呼ばれました

「炎のストッパー」と呼ばれました

津田 恒実(1960年8月1日 - 1993年7月20日)は、山口県出身の元プロ野球選手(投手)。愛称は「ツネゴン」。旧名「恒美」(読み同じ)。
山口県都濃郡南陽町(現:周南市)の山間部・和田地区出身。山口県立南陽工業高等学校では、1年時からエース投手として活躍していた。1978年の第50回選抜高等学校野球大会に出場してベスト8の成績を残した。
卒業後、1981年のドラフト会議で広島東洋カープに1位指名され入団。
入団当初から古葉竹識監督も大きな期待を寄せていた1年目の1982年に先発投手として11勝6敗の成績を残し、球団初の新人王に輝いた。しかし2年目の後半戦以降は、ルーズショルダーや中指の血行障害などに悩まされ、登板機会が激減。
その後、血行障害を治すため、世界初となる中指の靭帯を摘出する手術を受ける。
1986年に抑え投手として復活し、前半戦を防御率0点台で折り返す。後半戦からは調子を落としたものの、チーム5度目のリーグ制覇に大きく貢献、シーズン終了後にカムバック賞を獲得した。
1987年にも防御率1点台を残す活躍を見せたが、1988年は肩痛などが遠因してリリーフ失敗を繰り返すなど9敗を喫し、『サヨナラの津田』とも揶揄された。しかし、翌1989年に防御率1.63、12勝5敗28セーブを挙げる活躍で最優秀救援投手、ファイアマン賞に輝き、再び復活。
闘志を剥き出し、ピーク時153km/h(6月28日にマーク)の剛速球と縦横の鋭いカーブを武器に相手打者に敢然と立ち向かう姿は、『炎のストッパー』と形容された。
惜しくも若くして病に倒れました

惜しくも若くして病に倒れました

1990年、右肩や右膝の故障の為に僅か4試合の登板に終わると、同年のシーズン終了後から頭痛をはじめとする身体の変調を訴えるようになる。
1991年、前年から続く体調不良を抱えたまま開幕を迎え、4月14日に無理を押して広島市民球場(当時)で行われた読売ジャイアンツ戦で、1点リードの8回表に先発した北別府学の後を受けて登板するが、無死二塁・三塁のピンチを招き、原辰徳に同点適時打を打たれるなど大乱調のためわずか9球で降板し、敗戦投手となる。これが自身の生涯最後の登板となった。
普通の頭痛だと思って放置したものの、長らく治まらなかったこともあり、この試合の翌日、広島大学病院に検査入院。精密検査の結果、手術で摘出できない位置に悪性の脳腫瘍があることが判明。このとき、本人は告知を受けていたが、球団は周囲の動揺を避けるため本当の病名を伏せ「水頭症のため引退」と発表、5月20日に準支配下登録選手とした。
闘病生活に入り、自宅や実家での療養を経て済生会福岡総合病院(福岡市中央区)へ転院した。その後本人の意思により退団届を提出、11月6日付で受理され現役を引退。
一時は奇跡的な回復を見せ、退院後は福岡市内で借家住まいをした。現役復帰に向けたトレーニングも行うようになったが、1992年6月頃を境に再び病状が悪化、八代にあった夫人の実家に身を寄せた後8月20日に済生会福岡総合病院へ再入院。1993年7月20日14時45分に同病院において32歳の短い人生を閉じた。

津田恒美 生涯最後の登板 - YouTube

功績を称えた「津田プレート」

功績を称えた「津田プレート」

初代の広島市民球場にはその功績と人柄を讃え、「直球勝負 笑顔と闘志を忘れないために」の文章が浮き彫りにされたメモリアルプレート(津田プレート)が設置されていた。
同球場に設置された個人の記念碑は、連続試合出場記録を樹立した衣笠祥雄に次いで2人目。後日、大野豊ら広島の選手は、試合に出場する時必ずこのプレートに触れていくというエピソードが「勇者のスタジアム・プロ野球好珍プレー」内で紹介された。
現在、このプレートは2009年に開場した広島の新本拠地であるMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島に移設されている。

津田の人柄

メンタルの弱さと向き合い克服

メンタルの弱さと向き合い克服

アマチュア時代から剛球投手として名を馳せていたが、それと相反するように、自他ともに認めるメンタル面の弱さも持ち合わせていた。
高校時代には、監督から精神安定剤と偽ったメリケン粉を渡されたこともあったという。『弱気は最大の敵』『一球入魂』といった座右の銘や、打者に真っ向から立ち向かう投球スタイルは、元々はそのような自らの精神的な弱さを克服するために心がけていたものであった。
二つの座右の銘を書いたボールを肌身離さず持ち歩き、登板する前には必ずそのボールに向かって気合を入れていた。
明るくひょうきんな性格でチームメイトやファンから愛されていた。
またリリーフピッチャーとしての責任感が非常に強い選手だった。清川栄治のプロ初勝利が掛かった試合に登板し、メッタ打ちにされて清川の勝利を消してしまった時は、試合後に合宿所の清川の部屋へ30分おきに出向いては謝罪し続け、見かねたチームメイトが津田をなだめて止めたという逸話が残されている。
また、負け投手になった翌日は誰よりも早く球場入りし、外野スタンドの階段を黙々と走り込んでいたという。達川光男が連載コラムの中でこのことについて触れており、「外野スタンドを走っていたのは、試合を見に来てくれたファンへの謝罪の念の現れだったのではないか」と述べている。

投球スタイル

美しくホップする直球でした

美しくホップする直球でした

血行障害から復帰後は、直球主体のピッチングであった。特に1986年は投げた球種の90%以上がストレートであり、変化球はほとんど投げていない。津田が現役時代に同僚・監督であった山本浩二は津田のストレートを「ホップする直球」と称していた。
ピンチになればなるほど球速が上がっていく傾向があった。1986年の対阪神タイガース戦、9回裏1死満塁同点(4対4)の場面では、2番打者の弘田澄男に143km/h・148 km/h・151 km/hのストレートを投じて3球三振に仕留める。その後の3番打者、当時絶頂期にあったランディ・バースに対しても全て150km/h超のストレートで挑み、3球三振に斬り捨ててピンチを脱した。
この試合を実況していた毎日放送アナウンサーの城野昭は「津田、スピード違反!」と叫び、バースは試合後に「ツダはクレイジーだ」というコメントを残している。
1986年9月24日の巨人25回戦で津田と対戦した原辰徳は、ストレートをファウルした際に左手の有鉤骨を骨折し、残りシーズンを全て欠場、翌シーズン以降も左手首痛の後遺症に苦しんだ。
しかし後年、原は「あの時の津田との勝負に悔いはない」と当時から現在に至るまで繰り返し語っている。また、1991年4月14日に津田からタイムリーヒットを打って生涯最後の対戦打者となったのは、奇しくも原である。原に投じた最後のボールは144km/hのストレートであった。
1986年の日本シリーズで広島は、西武ライオンズに初戦引き分けの後3連勝して日本一に王手をかけながら、5戦目の延長12回に工藤公康にサヨナラ安打を浴び、その後勢いに乗った西武に4連敗、日本一を逃すという屈辱を喫している。この延長12回のサヨナラ安打を浴びたのが、リリーフ登板した津田だった。

津田恒美 VS バース (1986、87) 他 - YouTube

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