日活映画全盛期を支えた大女優まとめ。日活三人娘(吉永小百合・和泉雅子・松原智恵子)・山本陽子・浅丘ルリ子
2015年11月10日 更新

日活映画全盛期を支えた大女優まとめ。日活三人娘(吉永小百合・和泉雅子・松原智恵子)・山本陽子・浅丘ルリ子

吉永小百合さんと橋幸夫さんの「いつでも夢を」と山内賢さんと和泉雅子さんの「二人の銀座」など同時流行った名曲も含めた日活の大女優のまとめです。14歳の浅丘ルリ子さんのデビュー当時のレア動画など貴重な映像も多数あります。

123,329 view

二人の銀座~山内賢 和泉雅子 - YouTube

映画「二人の銀座」

1967年2月25日に日活により封切りされた。 1966年(昭和41年)の山内賢・和泉雅子のデュエット曲「二人の銀座」がヒットしたのを受けて作成された。

映像は、映画「二人の銀座」のもの。歌は、最近歌われた晩年の頃の声と思われます。
1967年 映画「二人の銀座」より

1967年 映画「二人の銀座」より

キャスト
・村木健一:山内賢
・瀬川マコ:和泉雅子

二人の銀座 山内賢さん 和泉雅子さん - YouTube

二人の銀座(山内賢とデュエット)/踊りたいわ(1966年9月)

ベンチャーズが銀座の夜景からイメージして作曲し、越路吹雪に提供したが、曲を聴いた越路が自分より和泉雅子がデュエットで歌ったほうがいいと判断し、和泉に譲った。永六輔が詞を付け、山内賢とのデュエット曲としてリリースし、大ヒットした。
(出典:Wikipedia)

二人の銀座 - YouTube

最近の和泉雅子さんと山内賢さんのデュエット

1967年に発売された和泉雅子と山内賢のデュエット「東京ナイト」もヒット

1967年に発売された和泉雅子と山内賢のデュエットによ...

1967年に発売された和泉雅子と山内賢のデュエットによるシングル曲。作詞は永六輔、作曲はベンチャーズ、編曲は川口真。

和泉雅子・山内賢さん「東京ナイト」 - YouTube

1967年に発売された和泉雅子と山内賢のデュエットによるシングル曲。作詞は永六輔、作曲はベンチャーズ、編曲は川口真。

近年の和泉雅子さんはユニークなキャラクターを生かしてバラエティー番組にも出演している

東京都港区白金台二丁目に『ホテルメイツ』を経営し居住。...

東京都港区白金台二丁目に『ホテルメイツ』を経営し居住。2005年11月27日を以ってトランクルーム『トランクルームプリンスメイツ』に業態転換し、2014年10月まで営業を続けた。 2009年現在は銀座の自宅と北海道士別市の別荘を行き来する生活を送っている。 近年はユニークなキャラクターを生かしてバラエティー番組にも出演している。

女性の徒歩による北極点突破は和泉雅子さんが世界初の偉業だった。

和泉雅子さんは、凄い探検家・冒険王になってしまいました...

和泉雅子さんは、凄い探検家・冒険王になってしまいました。1989年に日本人女性としては初めて北極点を踏破した。

女優業を行う傍ら、テレビ番組のレポーターとして訪れた南極の魅力に惹かれ、冒険家としての活動も開始。1985年に北極点踏破を目指したが途中で断念し失敗。この冒険に掛かった費用は1億円以上にのぼり、大きな借金を抱えることとなった。しかし、借金を完済し終えた1989年に再度、北極点を目指す旅に出発。日本人女性として初めて達成する偉業を成し遂げた。
なお、女性としての北極点到達は、世界で2人目(1人目は1986年の犬ぞりでのアン・バンクロフト(en:Ann Bancroft))であった。徒歩による到達は和泉が初である。

おまけ1960年代音楽:1960年代を代表する中村晃子の名曲「虹色の湖」

虹色の湖 中村晃子 - YouTube

虹色の湖 中村晃子

1967年発表。グループサウンズ全盛の時期にあって、女性ソロ・シンガーとして80­万枚を売り上げるヒットになった。

吉永小百合 日本を代表する清純派女優・日活の看板女優

吉永 小百合(よしなが さゆり)

吉永 小百合(よしなが さゆり)

吉永 小百合(よしなが さゆり、1945年3月13日 - )は、日本の女優、歌手である。本名、岡田 小百合(おかだ さゆり)。東京都渋谷区代々木西原町(当時)出身。そのファンは、「サユリスト」と呼称される。1960年代を代表する人気映画女優で10年間で70本以上の映画に出演した。吉田正(作曲家)の門下生として、数多くのレコードを世に送り出している。早稲田大学第二文学部西洋史学専修卒業、学位は文学士(早稲田大学)。夫はフジテレビディレクター、共同テレビ社長、会長、取締役相談役を歴任した岡田太郎。
(出典:Wikipedia)
15歳の吉永小百合さん

15歳の吉永小百合さん

橋幸夫とのデュエットで30万枚の大ヒットとなった『いつでも夢を』で「第4回日本レコード大賞」受賞。

いつでも夢を(橋幸夫 ・吉永さゆり) - YouTube

「いつでも夢を」(いつでもゆめを)とは、1962年9月20日に橋幸夫と吉永小百合の歌唱によって発売された楽曲である。

その特徴的な歌詞、またこの楽曲の歌手が当時御三家として話題となっていた橋と、当時女優として相当高い人気を誇っていた吉永とのデュエットであったため、発売当初より話題となり、発売から僅か数ヶ月間で30万枚以上の売り上げを記録した。累計売上は260万枚を記録。

この楽曲は第4回日本レコード大賞の大賞を受賞し、1962年、とりわけ高度成長期を象徴する楽曲となったほか、長い期間、日本国民に愛された楽曲として、人気を保っている。また、長年に渡り各番組で流され、この楽曲へのリクエストも多い。そのため、発売当時まだ出生していなかった年齢層でも「いつでも夢を」はよく知られている。
(出典:Wikipedia)

吉永小百合さんは「日活の看板女優」として日活の文芸作品路線の全盛期を支えた

90 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

【吉永小百合や加賀まり子】昭和の時代を彩った美しい名女優たち。

【吉永小百合や加賀まり子】昭和の時代を彩った美しい名女優たち。

吉永小百合や加賀まり子、昭和の銀幕を彩った名女優には驚くほどに美しい方が多くいました。gooランキングのベスト10を拝借し、なかでも人気だった美しい女優の画像を並べてみました。
青春の握り拳 | 63,186 view
清純派女優『芦川いづみ』の世界。清楚で可憐な白い花、日活の黄金期を代表する名映画女優の魅力に迫ります。

清純派女優『芦川いづみ』の世界。清楚で可憐な白い花、日活の黄金期を代表する名映画女優の魅力に迫ります。

和泉雅子「いづみちゃんのブロマイドを枕元に置いて寝ていました。(吉永)小百合ちゃんと今日何回、目が合ったと競争していたぐらい好きでした」、吉永小百合「(芦川いづみさんは)マリア様のような女性」(2014.3.9朝日朝刊) というほど女優の憧れの存在だった清純派女優の芦川いづみさんを振り返ります。
ガンモ | 70,159 view
映画「男はつらいよ」のベストマドンナ:吉永小百合・浅丘ルリ子・若尾文子・榊原るみ・八千草薫 ほか

映画「男はつらいよ」のベストマドンナ:吉永小百合・浅丘ルリ子・若尾文子・榊原るみ・八千草薫 ほか

映画「男はつらいよ」に出演した前田吟さん(寅次郎の妹さくらの夫・諏訪博役)と佐藤蛾次郎さん(柴又題経寺の源吉役)がベストマドンナをセレクトしました。(週刊現代 2016年新春特別版 国民の映画『男はつらいよ』 「寅さん」渥美清を語ろう より)
ガンモ | 25,388 view
脱ぐアイドル「ヌードル」で有名になった『三浦綺音』って何してんだろ?!

脱ぐアイドル「ヌードル」で有名になった『三浦綺音』って何してんだろ?!

1992年にグラビアアイドル、女優として芸能界デビューし、アイドルとしての清純さを保持したままヌードになることを厭わず当時は脱ぐアイドル「ヌードル」として有名になった三浦綺音さん。近年見かけなくなり気になりまとめてみました。
ギャング | 3,385 view
1990年代半ば、アイドルとして活躍していた『桜井亜弓』!!

1990年代半ば、アイドルとして活躍していた『桜井亜弓』!!

1990年代半ばから後半にかけてアイドルとして活躍していた桜井亜弓さん。女優としても映画やドラマに出演されていました。懐かしく思いまとめてみました。
ギャング | 1,730 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト