2018年2月10日 更新

【トラウマ・恐怖画像・恐怖映像多数】昭和の心霊ブーム(1970年代の「夏の風物詩」)決してひとりでは見ないでください!

1970年代、日本は空前絶後のオカルトブームに沸いていました。1970年代のオカルトブームの中でも心霊ブームは、怖くて夜、トイレに行けなくなる・・・幼年期のトラウマでしたね。昭和の心霊ブームを70年代の有名な心霊現象中心で振り返ってみましょう。恐怖画像・映像多数ありなので要閲覧注意です。

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「お菊人形」 昭和世代を震撼させた髪の毛が伸びる不思議な市松人形。

髪の毛が伸びはじめたころのお菊人形

髪の毛が伸びはじめたころのお菊人形

出典:月刊ムー公式ウェブ・ムー PLUS「髪の毛が伸びる「お菊人形」の怪」
文=並木伸一郎
http://gakkenmu.jp/archive/7229/
当寺の今川準応住職が生前に語った人形の由来はこうだ。
時は大正7年8月15日、折しも札幌で開かれた大正博覧会を見物に来ていた鈴木永吉さん(当時17歳)が、妹の菊子ちゃん(当時2歳)のみやげにと、市内の狸小路の商店街で、おかっぱ頭で胸の鳴る日本人形を買い求めた。兄からもらった人形を大事にして、菊子ちゃんは毎日楽しく遊んでいたが、大正8年1月24日風邪をこじらせて、わずか3歳でその生涯を閉じてしまう。

葬儀の際、永吉さんは人形を棺に入れて送り出そうとしたが、なぜか入れ忘れてしまった。出棺後、発見された人形をお骨といっしょに仏壇にまつり、生前の菊子ちゃんを思い出しながら朝夕回向しているうちに、なんと人形の髪の毛が伸びはじめたのだ。
髪の毛が伸びたばかりでなく、今度は口が開き、童顔から大...

髪の毛が伸びたばかりでなく、今度は口が開き、童顔から大人の顔に変貌しつつあるお菊人形

出典:月刊ムー公式ウェブ・ムー PLUS「髪の毛が伸びる「お菊人形」の怪」
文=並木伸一郎
http://gakkenmu.jp/archive/7229/
戦後のこと。永吉さんがふたりの追善供養のため萬年寺を訪れたとき、人形の髪の毛が肩まで伸びていることに気づいた。不思議なことがあるものだと思い、あらためて人形を寺に納めて永代供養を願い出た。その永吉さんもなくなって、以後、人形は「お菊人形」と呼ばれて、正式に本堂に安置されるようになった。

その後も髪の毛は伸び続け、腰のあたりまで伸びたところで一度断髪されることになった。このとき切られた髪は、北海道大学医学部で分析され、人毛と確認されている。
この呪いの正体なのだが極めて簡単に解くことができる。それは日本人形の製法にある。日本人形は髪の毛が頭皮にUの字に埋め込まれているからです。

実際にお菊人形の写真を見ると髪の毛は本来の髪の毛の長さのおよそ2倍程度で伸びが止まっている。毎年数センチ伸びるのであれば、現在数メートルになっていそうなものだがなっていない。つまりは倍の長さになったら抜け落ちるしかないので、周りの毛に絡まってかろうじて留まっているにすぎないわけです。

表情が変わるのはもっと簡単で日本人形独特の構造であり、見る角度によって顔の表情が変わるようにそもそも意図的に微妙な立体的造形がなされているだけ…ということです。

秋田の涙を流す「聖母マリア」

木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現...

木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現象、3つのお告げなどの奇跡があったと言われている。

発端は1973年に、同会所属の修道女の手の平に、出血を伴う十字架型の傷が現れたことである(これは聖痕と呼ばれ、世界各地で、ときどき事例報告がある)。

そのほかにも、木製の聖母マリア像からの101回に渡る落涙および芳香現象、3つのお告げなどの奇跡があったと言われている。

これらの奇跡は1984年まで続いたとされている。その他、韓国の婦人の脳腫瘍の消滅等、出現に伴う病気の快癒現象がいくつか報告されている。
1979年7月28日(土)午後3時20分、第91回目の...

1979年7月28日(土)午後3時20分、第91回目の落涙現象。目撃者46名。 (日時回数等の情報は、安田貞治著『聖母マリア像の涙』エンデルレ書店の巻末付録参照)。

出典:黒い雲の下で「秋田の聖母出現 その1 概観、内容と要請」
https://plaza.rakuten.co.jp/movement13/diary/201008090000/

秋田の聖母マリア(the messages of Virgin Mary, Our Lady of Akita)

心霊現象「生首の掛け軸の目が開く」 1976年8月20日の日本テレビ系の番組「あなたのワイドショー」の番組内コーナー

正傳寺の「渡邊金三郎」掛け軸

正傳寺の「渡邊金三郎」掛け軸

「1976年8月20日というから、もう40年近くも前のことだ。日本テレビ系の番組「あなたのワイドショー」の番組内コーナーで、怪奇事件レポートが行われた。

舞台は青森県弘前市にある正傳寺。ここにある生首が描かれた掛け軸にまつわる怪奇譚を紹介する、というのがテーマだった。」

出典:月刊ムー公式ウェブ・ムー PLUS「1976年 目を開ける掛け軸の生首/戦後日本オカルト事件」
http://gakkenmu.jp/archive/4752/
編=オカルト雑学探究倶楽部
レポーターはこの掛け軸の前に立って、そのいわれや寺に譲られた経緯などについて熱心に語っていた。もちろんカメラは、その様子を淡淡と映している。

すると――。突然、閉じて描かれているはずの「渡邊金三郎」の目が見開かれ、その瞳がカメラを睨けたのだ。

ただし、レポーターも現場のスタッフも、放送中はそのことにまったく気づかなかった。番組はなにごともなく進行し、終了。

しかし放送終了後、それを見ていた視聴者から、問い合わせの電話がテレビ局に殺到し、大パニックになったのである。
カメラに映し出された掛け軸の生首が、なんと目を開けてい...

カメラに映し出された掛け軸の生首が、なんと目を開けていたのである。この模様は数十秒に渡って放送されたため、放送を見ていた視聴者からテレビ局に電話の問い合わせが殺到したという。

カメラに映し出された掛け軸の生首が、なんと目を開けていたのである。現代でも確認できる動画で見てみると、確かに瞼が閉じられていたはずの場所に黒目が存在し、カメラの方をにらみつけているように見える。

1976年8月20日の日本テレビ系の番組「あなたのワイドショー」の番組内コーナー「掛け軸の目が開く」

現在では調査の結果、この現象は幽霊によって起きたものではないだろうと見られている。

まず、大きなハエのような目立つ虫がちょうど瞼の上に留まっていたのではないかとする説。
見る人を驚かせる仕掛けが施された掛け軸だったのではないかとする説だ。

こちらは特殊な塗料を用いる事によって、見る角度によって絵が変じて見えるというもので、江戸時代に好事家の間で取引されたという。

よく見ると、目が開いたとされる掛け軸は若干斜めの角度から写されている。この絵も予め目が開いた状態を描いた後、瞼の部分に別の塗料を塗って隠していたのではないかというのだ。

「大高博士をおそったほんものの亡霊」 村松定孝著「わたしは幽霊を見た」の中に収録。

大高博士をおそったほんものの亡霊

大高博士をおそったほんものの亡霊

村松定孝著「わたしは幽霊を見た」(昭和47年11月24日初版)の中に収録された一話

・・大高博士が遭遇した幽霊の話

其れは、忘れもしません。昭和27年8月20日午前3時半ごろの事です。

其の前日、有人のA君と下北半島の陸奥市へ遊びに行き、其の夜は仲間の居る海辺の病院に一泊させて貰う事になりました。

夜が更けて、ひとつの部屋に案内され、ベッドに入りましたが、夜中にふと眼を覚ますと、

「大高先生、誰かが外に居るんです」というA君の声です。

「どなたですか。なにか、御用がおありですか」私が声をかけると、足音が、はたと途絶えて、

「寒いんです………。とても、寒いんです……」

それはそれは、寂し気な声が聞こえてきました。

「それならどうぞ、中へお入りになりませんか」

その途端、ドアがキーと開くと、いきなり、本当に氷の様に冷たいものがベッドの中に入り込んできたのです。

「こらッ!」

私が夢中で叫んだ途端に、目の前に、この亡霊が現れたのでした。
『わたしは幽霊を見た』に多くの子どもが震撼した最大の要因は、口絵部分に掲載された幽霊のスケッチ。

「大高博士」なるお医者さんがとある病院で実際に目撃し、その直後にスケッチした「亡霊」の姿……として掲載されています。

これがもう、年端のいかぬガキどもにはなんとも衝撃的でした。今見るとただの「ヘタな絵」なのですが、それでも尋常じゃない迫力があります(オトナが書いたとは思えぬ)。
わたしは幽霊を見た (少年少女講談社文庫) 文庫 – ...

わたしは幽霊を見た (少年少女講談社文庫) 文庫 – 1979/9 村松 定孝 (著),‎ 堂 昌一 (イラスト)

多くの子どもたちにガツン!と衝撃を与えた1冊。

心霊写真ブーム 「中岡俊哉」による「恐怖の心霊写真集(サラブックス)」 「世界怪奇スリラー全集」など児童向け怪談が一斉を風靡した。

中岡 俊哉 (著)「恐怖の心霊写真集―あの世からの来訪...

中岡 俊哉 (著)「恐怖の心霊写真集―あの世からの来訪者たち」

1970年代には、当時のオカルト・ブームの中心的存在の一人として、テレビの超常現象関係の番組にも頻繁に出演し、コメンテイターとして心霊写真の解説なども行っていた。
ユリ・ゲラーのスプーン曲げは、1970年代に流行しました。超常現象・オカルトが注目されはじめた時代です。超常現象研究家の中岡俊哉もブームの中心的人物の一人でした。

中岡俊哉の人気の理由は、研究対象が超能力だけに留まらなかったことです。心霊現象にはじまり、超能力、宇宙人、怪獣など超常現象全般に精通していました。中岡俊哉は70年代の超常現象・オカルトの火付け役と言ってもいいかもしれません。

中岡俊哉先生の念写実験

頭に包丁が刺さっているように見える有名な心霊写真

頭に包丁が刺さっているように見える有名な心霊写真

有名な心霊写真

有名な心霊写真

出典 usi32.com
心霊写真は怖かった・・・

心霊写真は怖かった・・・

出典 ranpo.co

世界一有名な心霊写真「茶色の貴婦人」(Brown Lady)

世界一有名な心霊写真「茶色の貴婦人」(Brown Lady)

世界一有名な心霊写真「茶色の貴婦人」(Brown Lady)

有名なものがイギリスのノーフォーク州にあるレインハム・ホールだ。ここには「茶色の夫人」という女性の幽霊が出ると言われている。この幽霊はレインハム・ホールの主人であったチャールズ・タウンゼント氏の第二夫人だった人物ドロシー・ウォルポールだとされている。

茶色の夫人、というのは幽霊が来ているドレスが茶色をしている事に由来する。彼女は政略結婚で嫁いできたのだが、浮気を咎められて屋敷の一室に幽閉され、亡くなったと言われている。一説には階段から突き落とされて首の骨を折ったのが死因ともされている。

 彼女の幽霊は彼女が亡くなった直後、1700年代から目撃されていたのだが、1936年に決定的な写真が撮影されることとなる。それが、この写真だ。

出典:『リアルライブ』これが本物の幽霊? 「茶色の夫人」写真の謎!
文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
https://npn.co.jp/article/detail/12101594/
出典 npn.co.jp
1936年9月19日、カントリーライフ誌の撮影のためにカメラマン・ヒューバート・C・プロヴァンドと助手が「レイナムホール」に訪れた。
実はその100年前も前から、レイナムホールでは女性の幽霊が目撃されていたという。

その日、彼らはホールのメイン階段の写真を撮影して、2階に上がるために階段を登ろうとしていた。すると、階段の上から「不思議な形をしたものが、次第に女性の形になっていきながら」降りてくるのに助手が気づいた。

助手のディレクションによって、プロヴァンドは慌ててカメラを向け、フラッシュをたいたという。

帰ってから、ネガを見てみると、そこには「茶色の服を来た貴婦人」の姿がはっきりと見て取れた。その写真の幽霊は「Brown Lady(褐色の貴婦人)」という名が付けられたという。

コナン・ドイルも騙された「妖精写真」(コティングリー妖精事件)

コティングリーの妖精写真の中の1枚「フランシスと妖精た...

コティングリーの妖精写真の中の1枚「フランシスと妖精たち」 画像提供:名古屋大学 教養教育院 プロジェクトギャラリー「clas」

コティングリー妖精事件(コティングリーようせいじけん、The Case of the Cottingley Fairies)は、イギリスのブラッドフォード近くのコティングリー村に住む2人の従姉妹フランシス・グリフィス(1907年9月4日 - 1986年7月11日)とエルシー・ライト(1901年7月10日 - 1988年4月)が撮ったという妖精の写真の真偽をめぐって起きた論争や騒動のことをいう。この写真は2人による捏造であった。
後で分かった妖精写真のトリックはとても原始的で、絵本を模写して描いた妖精のイラストを切り抜き、近くにあるキノコにピンで留めて撮影したというものでした。
妖精が日光浴する繭が写っているとされる、5枚目のコティ...

妖精が日光浴する繭が写っているとされる、5枚目のコティングリーの妖精写真 画像提供:名古屋大学 教養教育院 プロジェクトギャラリー「clas」

フランシスは「最後の一枚だけは本物」だと、死の最後まで言い続けた。
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