【真行寺君枝】モデルや女優として活躍した美のカリスマ!半生・出演作品まとめ
2020年8月28日 更新

【真行寺君枝】モデルや女優として活躍した美のカリスマ!半生・出演作品まとめ

美のカリスマとして、多くの女性から支持された真行寺君枝さん。モデルとして芸能界にデビューし、化粧品のテレビCMで活躍されました。女優としても活動され、その圧倒的な美貌から注目を集める存在でした。そんな彼女の半生や出演作品をまとめましたので、ぜひ記事をご覧になってください。

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幅広く活躍された女優・真行寺君枝さん

真行寺君枝さんのプロフィール

真行寺君枝さんのプロフィール

生年月日:1959年9月24日
出生地 :東京都大田区
血液側 :AB型
職業  :モデル・女優
活動期間:1976年~

真行寺君枝さんの経歴

1965年、6歳のときからバレエ教室『鎌田・藤井舞踊研究所』に通うようになり、芸術・芸能といった分野に興味を持つようになりました。真行寺君枝さんが通っていた公立小学校は、全国の合唱コンクールで優勝するほどの有名校。そういった経緯もあって、NHKで放送されていた子供の音楽番組『歌はともだち』では月に一度のレギュラー出演もしています。しかし、当時は圧倒的な人気ぶりを誇ったアイドルグループ『フォーリーブス』のメンバーに「可愛いね」と言われたことで、周囲から妬まれてしまったそうです。
中学生のときにはポーラ化粧品のCFに出演され、高校一年生のときには西武百貨店のモデルにも起用されています。1976年、資生堂のキャンペーンモデルに選出されると、本格的にモデルデビューすることになりました。
高校を卒業した真行寺君枝さんは三船プロダクションに所属。映画『聖職の礎』に出演して女優デビューを果たしますが、セリフのない役どころで存在感は薄いものでした。しかし、その後もテレビドラマに出演しており、1979年、TBS系列で放送のドラマ作品『沿線地図』では主人公の一人に抜擢されています。
1981年には歌手デビューしており、CBS・ソニーから『胸が女の顔になる』をリリース。同時期には舞台『階段の上の暗がり』にも出演しており、以降は、舞台女優としても活躍します。
1993年には著書『シビラの四季』を出版して、作家デビューも果たしました。テレビCMをはじめ、女優として映画やテレビドラマ・舞台、さらには歌手・作家としても活動されていて、現在に至るまで多彩な才能ぶりを発揮しています。

真行寺君枝さんの結婚について

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BA/dp/B001BPPA8K/ref=sr_1_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%BA&qid=1596781720&sr=8-2 (2218227)

1983年、圧倒的な人気を誇っていたグループサウンドのユニット『ザ・テンプターズ』の元ドラマーである大口広司さんと結婚されています。
その翌年、1984年には夫の大口広司さんは麻薬所持の容疑で逮捕。執行猶予付きの有罪判決を受け、事務所から解雇されてしまいました。しかし、真行寺君枝さんは大口広司さんを支え、服飾事業の会社『プラクティス・オブ・サイレンス』を創設するための資金援助をされました。
1986年には長男・真行寺弦人さんを出産されています。
現在、真行寺弦人さんはギターリストとして活躍しているようで、ご両親から受け継いだ才能を発揮している様子です。
1991年、大口広司さんが運営していた『プラクティス・オブ・サイレンス』が倒産。その影響から、真行寺君枝さんも破産宣告を受けるといった事態に発展しました。2001年からは別居生活を送るようになり、4年後の2005年には離婚してしまったそうです。
破産・離婚の流れについては、ウィキニュースにも掲載されていますので、こちらもご覧になってみてください。
真行寺君枝さんの半生については、過去にもミドルエッジにて記事になっています。
そちらも合わせて紹介しておきますね。

真行寺君枝さんの主な出演作品

テレビCM

『ゆれる、まなざし』

放送時期:1976年
メーカー:資生堂

概要&内容

美のカリスマとして活躍する真行寺君枝さんのイメージを世間に決定づけたテレビCMといえるでしょう。当時、資生堂とカネボウによるキャンペーン競争の白熱ぶりは凄くて、資生堂は広告費用に3億円も投入したといいます。
1979年、フランスのルーブル美術館で資生堂の写真史が展示されたとき、このテレビCMも展示物に含まれていたそうです。

『アサヒ ミニ樽CM』

放送時期:1981年
メーカー:アサヒビール

概要&内容

当時、真行寺君枝さんは2年間に渡ってアサヒビールの『ミニ樽』CMシリーズに出演しており、広告を扱う業界紙『広告批評』では、広告ベストテン・CM部門の三位を受賞するほどの高評価を獲得しています。

『ヤングジャワカレー』

放送時期:1982年
メーカー:ハウス食品
食品関係のテレビCMにも出演されており、この他には、カゴメ・味の素といった有名企業のイメージキャラクターも務められました。
美人というだけで、テレビ画面が華やかになりますよね。
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