山田邦子
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山田邦子さんは1960年生まれ。中学高校のころからモノマネで学校中に名が知れ渡るほどの有名人でした。高校生の頃には『TVジョッキー』、『クイズ・ドレミファドン!』などの視聴者参加番組に多数出演していました。
その後、大学在学中も落語や漫談などの活動をしていました。『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」に出場し、勝ち抜き、太田プロに所属することになります。1981年にはバスガイドネタの『邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)』というCDも発売しました。
お笑いブーム、漫才ブームに乗り、『オレたちひょうきん族』などの人気番組にも出演。80年代後半には「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」など自分の名前のついた冠番組を持つようになります。1991年には・Winkのパロディユニット「やまだかつてないWink」で大ブレイクしましたね。
ゴールデンタイムに自分の名前のついた冠番組を持った女ピン芸人は山田邦子さんしかおらず、「唯一天下を取った女性ピン芸人」ともいわれています。
その後、大学在学中も落語や漫談などの活動をしていました。『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」に出場し、勝ち抜き、太田プロに所属することになります。1981年にはバスガイドネタの『邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)』というCDも発売しました。
お笑いブーム、漫才ブームに乗り、『オレたちひょうきん族』などの人気番組にも出演。80年代後半には「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」など自分の名前のついた冠番組を持つようになります。1991年には・Winkのパロディユニット「やまだかつてないWink」で大ブレイクしましたね。
ゴールデンタイムに自分の名前のついた冠番組を持った女ピン芸人は山田邦子さんしかおらず、「唯一天下を取った女性ピン芸人」ともいわれています。
野沢直子
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野沢直子さんは1963年生まれ。高校在学中に素人参加番組『ドバドバ大爆弾』に出演した姿を見てスカウトされ芸能界入りします。1983年、20歳の時に芸能界入りしていますね。
最初は劇団テアトル・エコーに所属するのですが芸風が合わなかったため、退団。その後吉本興業に所属します。吉本に所属してからは突拍子もない奇抜なキャラクターで一躍有名になります。後にも先にも女芸人では野沢さん以外いないような一度見たら忘れない芸風でしたよね。
1988年にはダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコさんと共に深夜の人気バラエティ「夢で逢えたら」に出演します。バラエティで人気を博していたのですが1991年にすべてのレギュラーを降板し、渡米します。他のキャストとの実力差を感じ、「自分はもうだめだ」と逃げるように渡米したそうです。意外ですよね。
その後はアメリカに住み、アメリカ人と結婚し子供も育てています。アメリカでは舞台を中心に活動しながら年に1~2回日本に出稼ぎに来ています。
最初は劇団テアトル・エコーに所属するのですが芸風が合わなかったため、退団。その後吉本興業に所属します。吉本に所属してからは突拍子もない奇抜なキャラクターで一躍有名になります。後にも先にも女芸人では野沢さん以外いないような一度見たら忘れない芸風でしたよね。
1988年にはダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコさんと共に深夜の人気バラエティ「夢で逢えたら」に出演します。バラエティで人気を博していたのですが1991年にすべてのレギュラーを降板し、渡米します。他のキャストとの実力差を感じ、「自分はもうだめだ」と逃げるように渡米したそうです。意外ですよね。
その後はアメリカに住み、アメリカ人と結婚し子供も育てています。アメリカでは舞台を中心に活動しながら年に1~2回日本に出稼ぎに来ています。
モリマン
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モリマンはホルスタイン・モリ夫と種馬マンのコンビです。
古着屋をやりたいと考えていたホルスタイン・モリ夫さんが、行きつけの雑貨屋で出会った種馬マンさんに店を出す協力をしてもらえることになり上京します。
そして1994年に種馬マンの提案で吉本興業に入ることに。モリ夫さんは野沢直子さんに憧れがあるものの、お笑い知識は全くなかったそうです。これだけ読むと詐欺のようですが・・・。
『タモリのボキャブラ天国』に出演したことで知名度がアップします。当時は女芸人が少なく、汚れ役を一気に引き受けていたそうです。たしかに、モリマンは下ネタが多く下品なイメージがありますよね。
「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で山崎邦正さんとの対決も注目されていましたよね。
1998年頃に活動拠点を地元、北海道に移しローカルタレントとして活動することが多いです。
古着屋をやりたいと考えていたホルスタイン・モリ夫さんが、行きつけの雑貨屋で出会った種馬マンさんに店を出す協力をしてもらえることになり上京します。
そして1994年に種馬マンの提案で吉本興業に入ることに。モリ夫さんは野沢直子さんに憧れがあるものの、お笑い知識は全くなかったそうです。これだけ読むと詐欺のようですが・・・。
『タモリのボキャブラ天国』に出演したことで知名度がアップします。当時は女芸人が少なく、汚れ役を一気に引き受けていたそうです。たしかに、モリマンは下ネタが多く下品なイメージがありますよね。
「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」で山崎邦正さんとの対決も注目されていましたよね。
1998年頃に活動拠点を地元、北海道に移しローカルタレントとして活動することが多いです。
オアシズ
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オアシズは光浦靖子さんと大久保佳代子さんのコンビ。1990年に早稲田大学のお笑いサークルで結成します。
1992年にプロダクション人力舎へ所属することになり、翌年の1993年に「めちゃモテ」「めちゃイケ」の前身番組「新しい波」に出演。ですがその後の「とぶくすり」では光浦さんだけがレギュラーになります。
大久保さんはオアシズとしてライブや営業、テレビ出演をする傍ら、コールセンターでOLをしていました。
大久保さんがめちゃイケに出演するようになったのは2000年なので、それまでは光浦さんが目立っていましたよね。大久保さんはOLのイメージでした。2009年までOLを続けていたのだそうですよ。
今では大久保さんの方がよくテレビに出ているような感じもしますよね。
1992年にプロダクション人力舎へ所属することになり、翌年の1993年に「めちゃモテ」「めちゃイケ」の前身番組「新しい波」に出演。ですがその後の「とぶくすり」では光浦さんだけがレギュラーになります。
大久保さんはオアシズとしてライブや営業、テレビ出演をする傍ら、コールセンターでOLをしていました。
大久保さんがめちゃイケに出演するようになったのは2000年なので、それまでは光浦さんが目立っていましたよね。大久保さんはOLのイメージでした。2009年までOLを続けていたのだそうですよ。
今では大久保さんの方がよくテレビに出ているような感じもしますよね。
オセロ
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オセロは中島知子さんと松嶋直美さんのコンビ。オセロというのは2人の肌の色が黒と白だというところから由来しています。2人とも元々芸人志望だった訳ではないのですが、松竹芸能で出会いコンビを結成することになりました。
1996年には「ABCお笑い新人グランプリ」の新人賞を受賞。数々のバラエティ番組などで活躍します。
ですが2007年に松嶋さんが事務所を辞めたことで2人の仲が悪化。2009年には中島さんの激太りや奇行なども報道されましたよね。2011年に中島さんの体調不良でコンビ活動を休止。2013年に正式に解散しました。
ちなみに、モリマン、オアシズ、オセロはすべて同年代ですが全くイメージが違いますね。
1996年には「ABCお笑い新人グランプリ」の新人賞を受賞。数々のバラエティ番組などで活躍します。
ですが2007年に松嶋さんが事務所を辞めたことで2人の仲が悪化。2009年には中島さんの激太りや奇行なども報道されましたよね。2011年に中島さんの体調不良でコンビ活動を休止。2013年に正式に解散しました。
ちなみに、モリマン、オアシズ、オセロはすべて同年代ですが全くイメージが違いますね。
パイレーツ
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パイレーツは浅田好未さんと西本はるかさんのコンビ。オセロもきれいどころでしたが、パイレーツは芸人というよりグラビアアイドルがお笑いをやっているという感じでしたよね。
1997年に「新ボキャブラ天国」に出演し、胸をアピールした「だっちゅーの」というギャグで一躍注目されるようになります。「だっちゅーの」は1998年の流行語大賞にも選ばれました。1999年にはゴールデン・アロー賞の話題賞も受賞しています。
2001年に西本さんが女優を目指すという理由で脱退。その後、浅田さんは宇恵さやかさんと再度コンビを組み、パイレーツとして活動していましたが2004年に解散しました。
80年代、90年代に活動していた女芸人たちは今なお強烈な印象を残していますよね。その後続々と女芸人が誕生したきっかけにもなっていることでしょう。
1997年に「新ボキャブラ天国」に出演し、胸をアピールした「だっちゅーの」というギャグで一躍注目されるようになります。「だっちゅーの」は1998年の流行語大賞にも選ばれました。1999年にはゴールデン・アロー賞の話題賞も受賞しています。
2001年に西本さんが女優を目指すという理由で脱退。その後、浅田さんは宇恵さやかさんと再度コンビを組み、パイレーツとして活動していましたが2004年に解散しました。
80年代、90年代に活動していた女芸人たちは今なお強烈な印象を残していますよね。その後続々と女芸人が誕生したきっかけにもなっていることでしょう。
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