2020年3月1日 更新
【70'sアイドル】女優・歌手として人気上昇した三原順子が「元女優・歌手」になるまでの活躍
70年代に女優として芸能界デビューし、あのドラマで一躍スターの仲間入りをしたツッパり娘の三原順子。年齢に沿わない大人っぽさで芸能界で活躍し引退するまでに注目してみました。国会議員になるまでのアイドルとして女優として活躍してた三原順子を振り返ってみました!
劇団員としてスタート
1972年に劇団フジに入団し劇団員として舞台で活躍し始めます。テレビ業界へのデビューは1979年に放送されたテレビ朝日系ドラマ「燃えろアタック」というスポ根ドラマでした。同年、「3年B組金八先生」に山田麗子役で出演し一躍有名人となります。特にそのビジュアルと役どころに違和感を覚えることがないほどはまっていたことで「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを」のセリフが三原順子の代名詞的となりました。
燃えろアタック
燃えろアタック
西井千恵子(チコ)役で出演しています。このドラマの主演は荒木由美子でモスクワオリンピックに合わせてバレーボールに情熱を注いでいる少女たちのストーリーでした。原作は石ノ森章太郎で1979年1月5日から1980年7月11日までテレビ朝日系列で放送されていました。
主演の荒木由美子
劇中の三原順子
3年B組金八先生
3年B組金八先生
このドラマでは三原順子以外のもビックスターが出演していてその後は大活躍している人たちの集団か?と思えるような出演者たちです。杉田かおる、鶴見辰吾、 田原俊彦、小林聡美、近藤真彦、野村義男と俳優として歌手として活躍している人たちがたくさん出演していました。中でもジャニーズ事務所所属のタレントが歴代出演している作品としても有名になり、第1シリーズには藤島ジュリー景子も演者で出演しています。
このドラマの印象が強かったため三原順子=ツッパリというイメージがあります。そのためか歌手デビューをしてもそのイメージのままで始めました。
歌手・三原順子
あくまでも自分の主となる活動は演じることと周りに流されることなく立ち振る舞っていた三原順子。そんな三原が歌手デビューしたのは1980年でした。
高校生の時にこの大人の雰囲気でファンうぃ増やしていった三原は21曲のシングルと17枚のアルバムをリリースし歌手としてもその魅力を発揮していました。
この時、高校生だった三原順子。今見ても高校生とは思えない迫力と大人っぽさで圧倒されてしまいます。金八先生で一気に人気が出た三原順子はこのデビュー曲でもアイドル並みに売り上げを上げ音楽番組にも出るようになりましたが、自分の本文は女優というスタンスで活躍するので同年代のアイドルたちとは一線を引いていたように思えますね。
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生年月日:1964年9月13日
出身地:京都板橋区
出身校:明治大学付属中野高等学校、明大
前職:女優・歌手
1984年の20歳の時に改名し現在の三原じゅん子になりました。3度目の結婚を2016年に一般人(元秘書)と結婚しています。芸能活動は2010年に引退という形で政界へと進んでいきました。