野球選手だった長嶋一茂。ヤクルトでは野村監督に冷遇され、巨人では土井正三に暴言を吐いた!
2020年4月23日 更新

野球選手だった長嶋一茂。ヤクルトでは野村監督に冷遇され、巨人では土井正三に暴言を吐いた!

父に長嶋茂雄をもち、父と同じ三塁手、立教大学を選んだ。ヤクルト時代は父と同じ背番号「3」だった長嶋一茂。プロ初安打がホームランという華があった。巨人時代はパニック障害にも悩まされた長嶋一茂の野球人生と引退後に迫る!

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長嶋一茂(ながしま かずしげ) プロフィール

1966年1月26日生まれ。東京都大田区田園調布出身。
4人兄弟の長男。父親に長嶋茂雄をもち、兄弟にレーシングドライバーで弟の長島正興、妹にキャスターの長島三奈がいる。

現役時代は主に内野手(父親と同じ三塁手)。
ヤクルトスワローズ時代の長嶋一茂

ヤクルトスワローズ時代の長嶋一茂

【個人データ】
・身長:181 cm
・体重:90 kg
・投球・打席:右投右打

【在籍チーム】
・ヤクルトスワローズ (1988 - 1992)
・読売ジャイアンツ (1993 - 1996)
父親は言わずと知れたミスタープロ野球・長嶋茂雄

父親は言わずと知れたミスタープロ野球・長嶋茂雄

プロ入りまで

小学生から野球を始める。しかし、上手くなく途中で辞めてしまった。
田園調布中学校、群馬県吾妻郡六合村(現:中之条町)にある白根開善学校中等部で中学時代を過ごしている(ただし、ごく短期間で退寮)。

高校受験では桐蔭学園高等学校にも合格したが「父親と同じ立教で野球をやりたい」と、立教高等学校(現・立教新座高等学校)に進学した。
高校から再び野球を始め、3年生の時に甲子園埼玉県予選の準決勝まで進出。しかし、所沢商業高校にサヨナラ負けを喫し、甲子園出場を逃した。妹の三奈はこの試合を観戦し、負けたことで号泣したそうだ。

その後、父・茂雄と同じく立教大学に進学。
所属した立教大学硬式野球部では東京六大学リーグ通算101試合出場し、382打数86安打、打率.225、11本塁打、54打点の成績を残している。

4年生の時に2季連続ベストナイン(三塁手)に選ばれた。また、大学時代は代表にも選ばれたことがある。高校・大学の1年後輩には矢作公一がいた。
「週刊ベースボール」の表紙を飾る

「週刊ベースボール」の表紙を飾る

矢作公一(やはぎ こういち)

矢作公一(やはぎ こういち)

立教大では、長嶋一茂とクリーンナップを組んだこともあった。
卒業後は1988年のドラフト6位で日本ハムファイターズに入団。1992年現役引退。

ドラフト1位でヤクルトスワローズに入団

1987年のドラフト会議でヤクルトワローズに1位指名を受け、入団する。
この時のドラフトでは、大洋ホエールズと競合し、抽選の結果ヤクルトが交渉権を獲得している。
契約金8000万円、年俸840万円(金額は推定)で入団合意に至った。

このドラフト前日まで父・茂雄の古巣巨人も1位指名を検討していたが、結局回避した。

当時ヤクルトの監督だった関根潤三は著書の中で「一茂のドラフト指名は僕の意向が強く働いた。六大学リーグでプレーする一茂を見に行って粗削りだけどものはいい。こりゃ素晴らしいプレーヤーになると思った」と記している。
1988年、神宮球場でプロ初安打がホームランというインパクトを残す。この時の対戦投手は、巨人にメジャーリーグから鳴り物入りで入団したビル・ガリクソンだった。
ただ、このホームランに関して一茂は、自身の著書「三流」で「入団直後からプロのスピードについて行けず、どうしようかと思った」、「それこそガリクソンの球も全然見えなくて、適当に振った」と記している。

1990年に野村克也がヤクルト監督就任した。以降、出場機会が減少。
野村は「ウチのお荷物。親父(茂雄)も俺が嫌いだから、恐らく家で親父の前で俺の悪口ばかり言ってただろう」と語っている。

長嶋一茂 プロ初ホームラン

1991年は、6月初旬からスタメンで起用され、6月9日の広島戦では3安打5打点の活躍。しかも、その試合を皮切りに、チームは球団新記録となる12連勝の快進撃を続けることになる。
この12試合中の長嶋の成績は、打率.282、2本塁打14打点OPS.934と、一定の成績を残し、ついに才能が開花したと言われるが、13連勝を狙った6月26日の巨人戦では、3点リードの9回裏にまずい守備を連発して逆転サヨナラ負けを喫したため、スポーツ紙では、長嶋に始まり長嶋で終わった12連勝と呼ばれた。

1992年は、マイナーリーグ・1Aベロビーチ・ドジャースに野球留学したため出場機会がなく、チームの14年ぶりの優勝には貢献できなかった。

父・茂雄が巨人監督に復帰した際に、巨人へ移籍

1993年、父・茂雄が1980年以来となる巨人の監督に復帰。
この時、一茂も巨人へ金銭トレードで移籍した。
ヤクルト・野村克也監督は「長嶋さんから欲しいと言われたら仕方がない」とコメントしているが、本当は厄介払いができてホッとしていたという。

後に元首相の森喜朗がオーナーの桑原潤になぜ一茂を巨人に出したのか聞いたところ、「もうせいせいした。実際は使い物にならなかったがプロ野球の大選手のご子息だから、そう無下に扱うわけにもいかないので、もうまいってた。その時に、ジャイアンツから、どういうわけか一茂をくれないかと言ってきたんで、もう熨斗を付けて差し上げました」と答えたという。

そうした周囲の思惑をよそに一茂は、キャンプから外野の練習を行い、開幕戦は6番・レフトでスタメンを勝ち取っている。同年の古巣ヤクルト戦では、原辰徳との守備交代で、「4番、サード長嶋」がコールされた。
巨人時代

巨人時代

4番 サード 長嶋一茂

1994年シーズンは46試合に出場。ただ、日本シリーズではベンチメンバーで、試合に出場することはなかった。翌1995年は右ひじの故障で一軍出場はなかった。

1996年は不振のジェフ・マントがスタメンを外されると積極的に起用され、低打率ながら3本塁打を記録。しかし、当時の守備コーチ土井正三からバント練習を厳しく指導されたことに対して「いらねぇよ!あんな奴!!」と暴言を吐き、球団から罰金50万円と二軍降格に加え、出場停止処分を受けた。
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  • 9999 2019/3/21 15:50

    スパーリングをスパークリングと書くあたりに
    対象を全く知らないコピペと思い込みの記事でしかないという浅さを露呈

    すべてのコメントを見る (1)

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