松田聖子
松田聖子のデビュー曲「裸足の季節」(1980年) - YouTube
松田聖子は、元々資生堂の『エクボ洗顔フォーム』のCMにモデルとして出演するためオーディションを受けたが、自身がえくぼができないために不合格となった。
代わりにCMソングを歌うことが決まり、2月末に急遽レコーディングされたのがこの「裸足の季節」である。ジャケット撮影も10分ほどで行われた。ジャケットの衣装は自ら新宿で探したものという。レコーディングは資生堂や代理店の関係者に囲まれる中で行われた。途中、松田聖子は感激のあまり泣き出したという。
(出典:Wikipedia「裸足の季節」)
松田聖子の2枚目のシングル「青い珊瑚礁」(1980年7月) - YouTube
CBSソニーの発表でミリオンセラーを記録した。
TBS「ザ・ベストテン」では自身初の1位にランクされた(3週連続1位)。特に初めて1位となった1980年9月18日の放送で、実母が中継に登場した際に「おかあさ~ん…!」と涙声で呼び掛けたシーンは、その後名場面として繰り返し放送された。
翌1981年春開催の第53回選抜高等学校野球大会の入場行進曲に採用され、開会式にもゲストとして出席した。
フジテレビ「夜のヒットスタジオ」では、シングル発売当時1度も披露することができず、その間番組の出演を見合わせていた(のちに、マンスリーゲストとして出演した際にヒットメドレー企画の中に組み込む形で披露されている)。
これは同番組のスポンサーである森永製菓がこの曲をCFソングとして使用していた江崎グリコとライバル関係にあったことに起因している。
(出典:Wikipedia「青い珊瑚礁 (曲)」)
松田聖子の楽曲「チェリーブラッサム」(1981年1月) - YouTube
松田聖子はアイドルの形を完成させた女性。、一人でこれだけの実力と人気を持つアイドルは今後出てこないでしょう。
80年代という時代が生み出した怪物的なスター。
中森明菜
中森明菜さんはツッパリ路線で売り出す
松田聖子さんに対する究極の対抗馬であるポジションを演じきった20世紀屈指のアイドル。
1982年にシングル「スローモーション」でデビューし、2枚目のシングル「少女A」がヒット。
中森明菜 スローモーション~少女A 1983 - YouTube
中森明菜さん2枚目シングル「少女A」でブレイク。元祖「隠れ巨乳アイドル」。少女Aだけど、バストはDカップ。
中森明菜の楽曲「十戒 (1984)」(1984年) - YouTube
中森明菜の楽曲「飾りじゃないのよ涙は」(1984年) - YouTube
アイドルからシンガー、ミュージシャンへの転機となった
トレードマークであったヘアスタイルの「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方に関しても多くの話題を集めた。大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2015年2月)となっており、「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。
(出典:Wikipedia「松田聖子」)