異彩のポップミュージック!独特の存在感があったユニットPSY・Sについて語らせて下さい!
2020年2月5日 更新

異彩のポップミュージック!独特の存在感があったユニットPSY・Sについて語らせて下さい!

1980年代~90年代、ニューウェイブ音楽シーンの中で、唯一無二の存在感を放っていたユニットPSY・Sについてです。80年代後半に、90年代デジタルミュージックを先取りしたような楽曲を次々発表していたユニット。メンバーの松浦雅也氏は近年ではパラッパラッパーの生みの親として世界的に有名。

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唯一無二の存在感を放っていた音楽ユニット PSY・S

1980年代~90年代、ニューウェイブ音楽シーンの中で活躍した音楽ユニットPSY・Sについてです。
バンドでなく、ユニット。
80年代、バンドブームに平行するように、テクノ系、ニューウェイヴ系音楽シーンも盛り上がっていた。そこで活躍するアーティストたちはユニットとして、ある分野で秀でた、いわば、「名人」が組んで活動するというイメージ。中でも、特に、PSY・Sにはその印象が強かった。

特に、まだデジタルサウンドが主流でない時代に、二人だけで音楽が成立するってことが無かったので、新しい風を吹き込んだユニットと言っても過言ではない。あの二人だから、二人だけでアンサンブルが完成するのだ。

そして今でこそ、男女ユニットって、音楽にしてもお笑いにしても、たくさんでてきているが、その当時は少なかった。何て言うか、男、女というと、「付き合ってるの?」「公私ともにパートナーなのでは?」と勘繰りたくなっちゃったりするものだが、(MyLittleLoverしかり、Gloveしかり…)このユニットには、それを、全く感じなかった。才能と才能の対決、という感じで。(余談ですが、CHAKAさんは無類の格闘技ファンであり総合格闘家前田吉朗、清水清隆らのスポンサーになっている。実際、試合用パンツには『CHAKA・JAZZ』のロゴが印刷されている。)

実際に、これだけ長くの間、二人組ユニットとして活動していた二人だが、プライベートで会った事は、たった一回だけ、それも喫茶店でお茶しただけだそう。(実際はレコーディング、Liveなどなど、四六時中顔を合わせているでしょうから、それ以外で会う用事ってなさそうなのですが。)

メンバー、ユニット名について

メンバー

・松浦雅也(まつうら まさや、1961年6月16日 - )作曲、編曲。大阪府大阪市出身。
当時、世界初のサンプリングマシン(サンプラー)として、シンセサイザー奏者のあこがれだったフェアライトCMIを駆使し、最先端のクールで斬新なメロディを創る。ギターユニット、ゴンチチの音楽制作にも大きく関わっている。

・CHAKA(チャカ、別名義:安則まみ、本名:安則眞実、1960年7月16日- )大阪府大阪市出身。
小さな体から繰り出すクリアトーン。存在感のある声と、素晴らしい歌唱テクニックを披露する、正に名ボーカリスト。ライブでは、当時のラジカルポップアーティストらしい個性的な?衣装や、ダンスを軽やかにこなし、パワフルな歌声を響かせていたのが印象的。

ユニット名の由来

ユニット名の『PSY』とは、PSYCHOLOGY(心理学)、PSYCHIC(精神の)、PSYCHEDELIC(超心理的)、PSYCHO-TIC (精神的な)等の接頭語で、一言でいえば、
・心
・宇宙に満ちている"気"
の意味で、物質文明 (技術)と精神文化(感性)の融合を目指すこのunitを象徴するネイミングとのこと。

かなり曲解かもしれないのだが、松浦氏のコンピューター技術(デジタル)とCHAKAさんの技巧的ボーカル(アナログ)の融合、みたいな事かなと、とわかった気になっていました、当時は。

楽曲について

代表曲といえば、1988年4月21日発売のシングル「Angel Night〜天使のいる場所〜 」。この曲はアニメ『シティーハンター2』の主題歌に起用された曲。
シティーハンター2 サウンドトラック

シティーハンター2 サウンドトラック

アニメ、シティハンターのテーマ曲といえば、TM NETWORKの「GET WILD」や小比類巻かほるの「City Hunter~愛よ消えないで」岡村靖幸「Supergirl」など名曲ぞろいだった。
音楽好きの当時の中高生に人気だった音楽番組「ジャストポップアップ」のエンドテーマだった「薔薇とノンフィクション」

さんまのまんまのエンディングになった「Woman・s」ファジー、なんて言葉、あったなぁ…「ファジィな痛み」などなど。

ライブでは、松浦氏のシンセサイザーの同期演奏を押し出すことはせず、バックバンド「Live PSY・S」による華やかなバンドサウンドが主だった。
90年代に入ってからは、シンセサイザーの使用をせず、生演奏をアナログで録音して制作した「Signal」をリリース。その後、ミュージシャン各人がDATで自宅録音した音素材のみで作成するなど、毎回手法を変えてリリースしていた。サンプリングなどの新しいデジタルテクをふんだんに取り入れた音楽のみならず、アコースティック楽器のみでセルフカバー作品を出すなど、制作手法を多彩に操る。

制作手法の変化によって、聴いた感じにはいつも新鮮な驚きがあった。そして聞いた瞬間前と違う、と一瞬は思うのだけれども、全曲作曲が松浦氏であることと、チャカ嬢の鮮やかで伸びのある声と圧倒的歌唱力で、やっぱり『PSY・S』の音楽になっていた。

『直観的解散』からのメンバーの現在

1985年のユニット結成から11年後の1996年に、ユニットは解散した。解散の理由について、松浦氏は「直観的解散」と、雑誌上で発表している。
また、CHAKAさんも、『例えば他の人(松浦氏以外の人)がつくった曲を歌いたいというような気持ちがある、と解散後に発表していた。その気持ちは解散の2年前くらいからあったという。

解散後、松浦氏はPSY・Sとして活動中から続けていた、ゲーム音楽などの世界を中心に活動するようになり、後に、名作と言われる「パラッパラッパー」を生み出した。パラッパラッパーは、ぺらぺらのキャラクターがラップをしたりHIPHOPしたりと、いわゆる『音ゲー』の代表作で、音楽会社であるSONYのPLAY STATIONならではのゲーム、と大ブームになり、もはや伝説といっていいほどである。

一方、CHAKAさんは、ジャズボーカリストに転身。というか、実際はPSY・S結成前から、大阪のジャズクラブでシンガーとして歌っていたということで、元のフィールドに戻った形。現在は洗足学園音楽大学ジャズ科で客員講師を務めるなどしている。かつてNHK Eテレで2006年から2010年の間、放送していた『ぜんまいざむらい』のオープニング曲を歌っていたので、知らずのうちに耳にしていた人も多いのでは?
PSY・S結成初期や、PSY・S前にジャズクラブで歌っていた時は、全曲英語詞で歌唱していたこともあり、英語が堪能。実際、英会話教室で英語講師としても活動している。

まとめ

まだ渋谷系と言う言葉もなく、シンセサイザーを多用したデジタル音楽が、目新しかった時代。突如現れた異色ユニット『PSY・S』

一般人にとって、デジタル音楽というと、パソコンも出来て、音楽も出来る賢いひとしかできないんでしょ、坂本龍一さんみたいなインテリでなきゃ…。と思っていたような気がするが、こういったユニットが活躍することで、シンセサイザーがじわじわとポップミュージックに浸透しているのを感じた。そして、若者がバンドを組むのに憧れるのと同じ感覚で、シンセサイザーやPCを駆使して音楽制作をする事に憧れるようになってきていたように思う。

とてつもなくおしゃれでクールなサウンドに、鮮やかなボーカルがのっかる心地よさ。なんでこんなにかっこいいんだろう?と、胸をときめかせて聴いていたあの時代…。

『直観的解散』後も、活躍を続ける二人の事。再結成は、残念ながら無いようである。だが、個人的には、過去の作品を聴いて当時の雰囲気を追体験していたいので、それでいいと思っている。
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