オメガトライブと言えばあなたは『杉山清貴』or『カルロストシキ』?
2016年3月30日 更新

オメガトライブと言えばあなたは『杉山清貴』or『カルロストシキ』?

オメガトライブと言えば?杉山清貴orカルロストシキどっちが浮かぶ?今は何してるのかな~

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1986年『君は1000%』カルロストシキ オメガトライブを覚えているか!

1986年 君は1000% カルロストシキ オメガトライブ - YouTube

カルロス~爽やかではないか!!
当時13歳の私。カルロス、君は上手いのか?歌?と思ったものですが何だか癒されるこの歌声ですよね!
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51q0qG0AiOL.jpg (121523)

オメガトライブは、主に1980年代に日本で活躍したバンドで、プロデューサー藤田浩一の指揮のもと、作曲家林哲司並びに和泉常寛、アレンジャー新川博などの制作陣を中心としたプロジェクトの総称(計3回)。ボーカルは杉山清貴、カルロス・トシキ、新井正人と変遷した。夏・海・リゾートをテーマとした作品の数々は『サザンオールスターズ』や『TUBE』[1]などとともにサマーソングのヒット曲として知られる。

カルロス・トシキ&オメガトライブ 【アクアマリンのままでいて】MV - YouTube

カルロスではなく『杉山清貴』だぜ!の方も多いはず

SUMMER SUSPICION/杉山清貴&オメガトライブ【公式】 - YouTube

ふたりの夏物語 杉山清貴&オメガトライブ - YouTube

杉山清貴&オメガトライブの前身となる「きゅうてぃぱんちょす」で第19回ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称:ポプコン)に出場し、「GOSPELの夜」で入賞。ポプコン入賞後、メジャーデビューのオファーを受けながらもオリジナル楽曲の完成度に納得できず、誘いを断りデビューへの道を模索していた。後の所属事務所「トライアングル・プロダクション」(当時)の社長藤田浩一はポプコン入賞以降同バンドに注目しており、デビューの条件としてプロによる提供楽曲の演奏を提示、バンドはこれを受け、「杉山清貴&オメガトライブ」と名を変え、『SUMMER SUSPICION』でレコードデビューした[1]。杉山清貴&オメガトライブ時代の曲では『君のハートはマリンブルー』『ふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-』などがある。
1985年オメガトライブ解散。翌年『さよならのオーシャン』でソロデビューし、20万枚のヒットとなる。
http://www.bookandfeel.jp/data/bookandfeel/product/197379391b.jpg (121530)

てかこの雑誌懐かしい!!買ってました買ってましたGB。
どっちがと言う感じではなく、純粋にこの時代に生まれていて良かったなって思えますね。
いいな~昭和!!いい歌もいっぱいあった時代だ!

杉山清貴&オメガトライブって解散したんだよね・・・

その解散理由を語った音声動画を発見!!

では聞いてみましょう。
『コロッケのNEVER GIVE UP!』
http://www2.jfn.co.jp/croquette/
2014年7月15日 20:00-20:30
FM OSAKA
DJ:
コロッケ
アシスタント:
八雲ふみね
ゲスト:
杉山清貴

『杉山清貴&オメガトライブを解散してソロになった理由』コロッケのNEVER GIVE UP! - YouTube

ではカルロストシキは今?

ブラジル南部にあるパラナ州マリンガ出身。レストラン経営をする両親の元で育つ[1]。幼少時代はアメリカンポップスから日本の歌謡曲まで幅広く聞いて過ごし、小学校時代はコーラス部に所属。9歳時にパラナ州歌謡大賞・童謡の部で優勝、ブラジル歌謡協会主催の全ブラジルに出場し16歳時に少年の部で優勝、17歳時に青年の部で西城秀樹の「ブルースカイブルー」を歌い優勝するなどの経歴を持ち、ブラジルの日系人社会では「歌のうまいトシキ」として有名であった[2][1]。
1982年に来日し、CARLOS名義でソロのシングル盤「ルシア」でデビューする。1985年、社長の急逝による所属事務所の廃業に伴い、インディーズとして活動するなか、音楽プロデューサーであり芸能事務所「トライアングルプロダクション」の経営者である藤田浩一にデモテープが届き、同事務所と契約。当初はソロでの活動を予定していたが、杉山清貴の脱退[3]が決まっていたオメガトライブの後任ボーカルを探していた藤田はカルロスの歌声を聞き、有力候補としてレッスンを受けさせる。新生オメガトライブのボーカルとして内定し、さらにボイストレーニングに加え日本語の勉強なども施して、1986オメガトライブのデビューにいたった[1]。初のTV出演は『おはようスタジオ』で「小鹿のバンビ」をア・カペラで歌っていた[2]。バンドデビュー後は「君は1000%」などのヒット曲を次々とリリース。歌番組においては、ステップを踏みながら歌う姿が特徴的であった。
1988年バンド名は「カルロス・トシキ&オメガトライブ」に改称。1991年にオメガトライブは解散、ソロ活動を開始する。1994年にシングル「FOREVER」発売を機に鷹橋敏輝と改名し独立。1995年にアルバム『Shake It Down』発売後、同年、鷹橋のCDに記載されている、INES MUSICA内、鷹橋敏輝ファンクラブ「Clocs Tie Club」の時間外限定のテレホンサービスにおいて、スタッフからカルロスの結婚が発表。その後、椎間板ヘルニアを患い、静養の為に帰国し、音楽活動を休止する。
あの人は今のテレビで姿を発見しましたよ。
現在はというと・・・
カルロス・トシキさんは、2000年『あの人は今!?』に12年ぶりにテレビ出演、ブラジルでレストランを経営している様子が放送され、緊急来日して大ヒット曲「君は1000%」と「アクアマリンのままでいて」を歌唱。
2010年、フジテレビ系列『大追跡!あのニュースの続き』出演時に、ブラジルの品種改良会社「テクノ・プランタ」の責任者であるとことを公表されたようです。

カルロス トシキ  あの人は今 - YouTube

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