2017年5月19日 更新

【禁断の企画】タイガーマスクを初代~4代目まで比べちゃいました!!

みんなの憧れ「タイガーマスク」 そんな時代は過ぎ去り、今の若い人はタイガーマスクを知らない人が多くなってきました。 それでもヒーローだったタイガーマスクを初代~4代目までネタバレします!

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みんなのヒーロー「タイガーマスク」
みんなの憧れ「タイガーマスク」
誰もが真似した「タイガーマスク」
80年代~90年代の少年達の心には、いつも「タイガーマスク」がいました。

そんな「タイガーマスク」をリスペクトしたネタバレ企画!
1981年にデビューした初代タイガーマスク

1981年にデビューした初代タイガーマスク

■初代タイガーマスク:佐山聡

http://img.blog.delta-market.com/20110114_1775170.jpg (334576)

佐山 聡(さやま さとる、1957年11月27日 - )は、日本のプロレスラー。総合格闘技の元祖とされる団体・シューティング(現・修斗)の創設者としても知られ、設立当時総合格闘家としても活動していた。2012年現在、本人の設立した武道団体・掣圏真陰流興義館総監を務め、武道家としても活動している。血液型B型、山口県下関市出身[1]。

覆面レスラー・タイガーマスクとして空前のプロレスブーム、社会現象を巻き起こす。その後は、UWFで後にU系と言われる独自のルールと打・投・極による格闘技色の強いプロレススタイルを考案し、さらに前述の修斗を創設した。現在は掣圏真陰流を創始し、最先端の武道を追及していると共に、自身の団体リアルジャパンプロレスを創設して、プロレスの復権、復興に尽力している。
1981年4月23日〜初代タイガーマスクがデビューした日

1981年4月23日〜初代タイガーマスクがデビューした日

新日本プロレス WWFビッグファイトシリーズ第2弾@蔵前国技館
▼60分1本勝負
 ○タイガーマスク(9分29秒/原爆固め)ダイナマイト・キッド×

素顔になってから、ちょっとだけ新日本にいた頃。

昭和60年6月6日発行週プロより

昭和60年6月6日発行週プロより

この巌流島決戦。藤波さんのアイデアが最初ということですが、その2年前の昭和60年5月、佐山さんが帰郷の際、見慣れた光景の巌流島を紹介していた。

マスクを脱いで、真剣を持つ姿も凛々しい

佐山聡、新しい武道の在り方説く 初代タイガーマスク

佐山聡、新しい武道の在り方説く 初代タイガーマスク

初代タイガーマスクことプロレスラー佐山聡20+ 件が、新しい武道の在り方を説いた本「佐山原理 新生武士道真陰」を刊行した。心を鍛える「虎の穴」と言えそうだ。

選手生命の危機!頑張れ!初代タイガー!

選手生命の危機!初代タイガーマスクが心臓緊急手術

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■二代目タイガーマスク:三沢光晴

三沢タイガー伝説~虎仮面7年の咆哮~

三沢タイガー伝説~虎仮面7年の咆哮~

三沢 光晴(みさわ みつはる、本名は三澤 光晴、1962年6月18日 - 2009年6月13日)は、日本のプロレスラー。1981年に全日本プロレスにてデビュー。同団体のトップレスラーとして活躍した後、2000年にプロレスリング・ノアを旗揚げ。レスラー兼社長として同団体を牽引した。2009年6月13日、試合中リング禍により死去した。46歳没。

1984年春、三沢は越中詩郎とともにメキシコへ遠征に出た。数か月が経ったある日、三沢は馬場に国際電話で「コーナーポストに飛び乗れるか」と問われ、飛び乗れると答えたところ帰国するよう命じられた[13]。帰国後、三沢は馬場に2代目タイガーマスクとなるよう命令を受ける。三沢は佐山聡の初代タイガーマスクの二番煎じであったことに抵抗を感じたが、すでに2代目タイガーマスクのデビュー戦のスケジュールは組まれていた[14]。

三沢は8月26日、ラ・フィエラ戦[† 8]で2代目タイガーマスクとしてデビュー。はじめは小林邦昭を破って NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座を獲得するなどジュニアヘビー級で活躍したが、1985年10月にヘビー級に転向した[15][16]。
三沢タイガー

三沢タイガー

1990年、春。三沢、タイガーマスクを脱ぎ捨てる

5月14日、三沢は試合中にタイガーマスクのマスクを脱ぎ...

5月14日、三沢は試合中にタイガーマスクのマスクを脱ぎ、三沢光晴に戻る

1990年春、天龍源一郎が全日本プロレスを退団しSWSへ移籍、複数のプロレスラーが天龍に追随した(SWS騒動)。この騒動により、全日本プロレスは天龍対鶴田という当時の黄金カードを失うことになった。

全日本プロレスのエースへと成長。

1992年8月22日にはスタン・ハンセンを破って三冠ヘ...

1992年8月22日にはスタン・ハンセンを破って三冠ヘビー級王座を獲得

超世代軍とジャンボ鶴田を中心とする鶴田軍との世代抗争は全日本プロレスの新たな名物カードとなった。とくに超世代軍は高い人気を獲得し、全日本プロレスに大きな収益をもたらした。永源遙曰く、超世代軍の人気は初代タイガーマスクを凌ぐほどであった。

プロレスリングNOAHを立ち上げ~46歳没。

三沢光晴 必殺技集

三沢光晴のオリジナル技であり、三沢の代表的なフィニッシュ・ホールドの1つ。技名のエメラルドは三沢のイメージカラーであるエメラルド・グリーン、フロウジョン (flowsion) は「滝・流れ」を意味する。
パイルドライバーの派生技である。オクラホマ・スタンピードのように正面から相手の胴を両腕で(もしくはボディスラムのように片腕で相手の後頭部や首の付け根、もう片腕で股間を)抱え込み、相手を上下逆さまにしながら抱え上げ、自分の片肩の上にうつ伏せに乗せる(このとき、相手の頭部は前方に向いている)。その状態から片手で相手の後頭部あるいは首の付け根、もう片方の手で相手の腰の辺りを抱え、体重を乗せながら自分の横側に倒れこみ、相手を後頭部からマットに落とす技。相手の受け身の技量に応じて背中から落とすなど角度を調節する事ができる。

■三代目タイガーマスク:金本浩二

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金本 浩二(かねもと こうじ、1966年10月31日 - )は、日本の男性プロレスラー。兵庫県神戸市出身。後に「喧嘩番長」と言われる程ハードヒットな打撃技を特徴とし、現在もジュニアヘビー級の選手として活躍中。

1991年にメキシコに武者修行へ行き[2]、1992年に帰国後「3代目タイガーマスク」に抜擢されるが[1]、自身のスタイルとアクロバットを主体とするタイガーマスクとのギャップに悩み、1年もしないうちに覆面を脱いだ。

金本、94年1月4日のドーム大会でマスクを脱ぐ。

三代目、マスク脱ぐってよ。

三代目、マスク脱ぐってよ。

94年1月4日の東京ドーム大会で獣神サンダーライガーとの対戦後、自らマスクを脱いで、ライガーに投げつけた。

新日本で活躍~フリーへと転身。

プロレスラー 金本浩二「元嫁は金の亡者

プロレスラー 金本浩二「元嫁は金の亡者

結婚は失敗した模様。
金本 浩二

金本 浩二

W-1に継続参戦中。

ルチャリブレ・ワールドカップ2015で久しぶりの三代目タイガーマスクへと変身!

三代目タイガーマスク

三代目タイガーマスク

三代目タイガーマスクがメキシコメジャー団体AAAが主催するプロレス版ワールドカップ「ルチャリブレ・ワールドカップ2015」に日本代表として出場するため復活する。

■四代目タイガーマスク:山崎佳宏?

四代目タイガーマスク

四代目タイガーマスク

タイガーマスク(1970年10月20日 - )は、日本の男性覆面レスラー。タイガーマスクの4代目であり、現行のタイガーマスクである。通称は「黄金の虎」。

2代目(三沢光晴)、3代目(金本浩二)と違い、純粋な初代(佐山聡)の弟子であり、歴代タイガーでは唯一、デビュー時から現在まで一貫してタイガーマスクを名乗っている。したがってタイガーマスクとしての活動期間は歴代で最も長い。また、歴代のタイガーマスクの中では最も小柄である。
四代目タイガーマスク、デビュー

四代目タイガーマスク、デビュー

1995年7月15日は後楽園ホールで4代目タイガーマスクのデビュー戦が行われました。

マスクはまだ脱いでません。

総合格闘技バージョン

総合格闘技バージョン

98年10月24日、両国国技館でのUFO旗揚げ戦に出場し、バトラーツの日高とノールールマッチで対戦したとき着用した斬新なマスク。

めっちゃ脱がされそうだけど。。。

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