【舘ひろし&岩城滉一】矢沢永吉の「キャロル」解散コンサートで親衛隊を務めたクールスの2トップ!!ダンディーな2人の原点、クールスとは。
2020年2月3日 更新

【舘ひろし&岩城滉一】矢沢永吉の「キャロル」解散コンサートで親衛隊を務めたクールスの2トップ!!ダンディーな2人の原点、クールスとは。

舘ひろし、岩城滉一。ともにダンディーとしか言いようがない名優二人は、かつてクールスを結成した盟友でもありました。互いの原点ともいえるバイクチーム「クールス」について振り返りたいと思います。そして、クールスが親衛隊を務めた、矢沢永吉率いる「キャロル」との関係についても触れてみます。

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「舘ひろし」「岩城滉一」いまやダンディーとしかいいようがない二人の名優

(左)舘ひろし (右)岩城滉一

(左)舘ひろし (右)岩城滉一

「いろんなヤンチャなことを経験してきて、落ち着いた」

若い時代に散々やらかした男たちにとって
渋い年齢の重ね方のお手本でしょうね。

二人の原点はバイクチームの「クールス」

1975年結成、現在も活動中

1975年結成、現在も活動中

結成からすでに37年以上経っているが、音楽性やファッションなど一貫して変わらず活動を続けている。元メンバーに舘ひろし、岩城滉一、水口晴幸(ピッピ、PITPI)、横山剣など有名芸能人を輩出している。BUCK-TICK、藤井フミヤなど、その影響を受けたミュージシャンは数多い。

当初は、そのファッションや成り立ちから「不良」を売り物に。
バンド結成当初はコンサート会場にファンの暴走族が集結したり、その他のファン層も不良少年が多かった。

二人がいたころのクールスを振り返る

舘ひろしと岩城滉一は、ともに途中でクールスを脱退しています

舘ひろしと岩城滉一は、ともに途中でクールスを脱退しています

舘ひろしと岩城滉一の出会い

とある飲食店で食事をしていた岩城滉一に舘ひろしが歩み寄り、身構えた岩城に「あのバイク、君の?」と話しかけ、バイクの話題で意気投合したのがきっかけとされています。

当時の舘ひろしはバイクの免許を持っておらず、岩城に勧められて岩城のバイクに二人乗りして教習所に通ったそうです。

なんだかドラマのワンシーンのような二人の出会い

あのバイク、君の?

あのバイク、君の?

お、おう。そうだけど。

お、おう。そうだけど。

みたいな二人のやり取りがあったのでしょうかね。

結成(バイクチーム「クールス」)

当時、クールスに憧れた人も多かったことでしょうね

舘がリーダー、岩城がサブリーダー

舘がリーダー、岩城がサブリーダー

東京原宿において1974年12月、舘ひろしをリーダーに、岩城滉一をサブリーダーに、および岩城の学生時代からの友人であった佐藤秀光らで結成されたモーターサイクルチームが原点。

結成に際して「このチームはリーダー(舘ひろし)の独裁により運営される」という血判状を作成したという。舘ひろしはカワサキのZIIに乗っていた。

チーム結成当時の人数は21人で、全員リーゼント・黒の革ジャンパー・黒または青のジーンズ・黒のオートバイで統一される(「黒」にこだわったのは、舘ひろしが学生時代に、ラグビー部の主将をしていて、「オールブラックス」が好きだったから)。

1975年4月13日、矢沢永吉率いる「キャロル」の解散コンサートで親衛隊を務める。これはローリング・ストーンズがヘルズ・エンジェルスを親衛隊にしてコンサートを行なったことに影響されて、矢沢が舘に同じような演出をしたいと持ちかけたもの。キャロルの解散コンサートを収録したDVD(一部カット編集)にはバイクチーム時代のクールスの走行場面が映っており、また、岩城滉一がキャロルとの思い出を語ったり、舘ひろしがキャロルメンバーにインタビューしたりする場面などが収録されている。
矢沢栄吉率いる「キャロル」との関係

矢沢栄吉率いる「キャロル」との関係

この活動によりクールスは一躍脚光を浴びた。 なお「クールスはキャロルの親衛隊」であったが、個々の交友や接触はあったものの両者は対等な関係であり、また当時はあくまでロックバンドとそれを支持するバイクチームの関係であった。

よって「クールスはキャロルの弟分バンド」「矢沢永吉は舘ひろしの兄貴分」という認識は誤りであり、またその後のクールスの音楽性もキャロルとは異なるものであった。

第1期 クールス

バンド結成時に岩城は脱退

バンド結成時に岩城は脱退

当初、舘ひろしはバンド結成については否定的であったが、熱心なキングレコードの若手社員に説得され、「チームのメンバーを食べさせていくため。」として、バンド結成を決意する。

キャロル解散後の1975年9月、チームの中から選抜された7名とバンド結成から参加の大久保喜市の計8名で、アメリカンロックンロールバンド「クールス(COOLS)」としてシングル「紫のハイウェイ」でデビュー。その際、岩城滉一は参加しておらず、そのまま俳優となった。岩城が参加しなかった理由は、すでに俳優としてデビューすることが決定していたからであった。

キャロルが、ビートルズを手本とした8ビートのブリティッシュロックンロールだとすればクールスは、4ビートのアメリカンロックンロールであり、舘が手本に考えていたのはアメリカンロックンロールバンドのシャ・ナ・ナ(en:Sha Na Na)であった(それは舘・水口・村山の三人ボーカルにも表れている)。

バンド結成時のメンバーは、リーダー舘ひろしがバイクチーム内から音楽・楽器の経験者を選抜した。
キングレコードから『黒のロックンロール』『ロックンロール・エンジェルス』『東京直撃』『ハローグッドバイ』の4枚のアルバムを出す。また『暴力教室』『男組~少年刑務所』などの映画にも出演。
1977年4月に舘も脱退

1977年4月に舘も脱退

その後1977年4月リーダーの舘が脱退。後に大久保が出版した「ストレンジブルー」によると、映画の主演はあくまでも舘ひろしであり、その他のメンバーは脇役という状況に、またリーダーとしてすべてを握る舘に対し他のメンバーから反感が出はじめ、そのほかでも映画やマスコミに出たい舘と、純粋に音楽だけをやりたい他のメンバーとでズレが出て、次第に血の結束を誇ったクールスでも「舘VSメンバー6人」で修復不可能な亀裂が生じてきたことが舘脱退の原因、および水口・ジェームスが舘に対しての反感から、舘主演の映画出演を拒否した理由らしい。

舘は脱退後キングレコードに残り、「舘ひろしとセクシーダイナマイツ」を結成。その後ソロとなり、そのまま俳優として東映に所属。その後石原裕次郎に俳優としての才能を見い出され、石原プロモーションへ移籍する。

ここでロックバンドとしてのクールスは事実上一旦解散したといわれる。実際に解散コンサートも行われ、それを録音したのが前記の『ハローグッドバイ』である。そのため、現在のクールスとは別だという説もあるが、舘ひろし以外のメンバーで続けられたのも事実である。舘以外のメンバーはこの時点ではすべて解散に反対し、残留してバンド活動を続けていた。
30 件

思い出を語ろう

     
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  • 織田三郎 2020/12/10 16:19

    やっぱ晃ちゃん最高だぜ👍
    Z2の神様の神様⁉️
    レイバンのかまみさまよ。
    晃ちゃん愛してるぜ‼️

    織田三郎 2020/12/10 16:19

    やっぱ晃ちゃん最高だぜ👍
    Z2の神様の神様⁉️
    レイバンのかまみさまよ。
    晃ちゃん愛してるぜ‼️

    たっちひろし 2020/2/5 11:51

    舘さんの初めてコンビニを利用したときの映像笑えた。

    daiki.cools 2018/5/13 20:28

    中学の時からクールスが好きでした
    YouTubeで動画を見まくったので8割方知ってました
    あぶない刑事も好きでDVD買って見てました
    その舘ひろしのタバコを吸うシーンを見てたばこ始めたのが17の時です
    クールスが影響を受けたのはローリングストーンズだったんですね。
    初めて知りました。
    なんせクールスは世界一かっこいいです。
    恋のテディーボーイ、暴力教室挿入歌大好きです
    他にも紫のハイウェイ、Mr.ハーレーダビッドソン、恋の終わり、あの娘はテディーボーイ、全部好きです。
    横山剣もクールスだったんですね。
    舘ひろしが脱退した理由知らなかったです。
    黒で統一するってほんまにかっこいいです。
    憧れます。
    バイク乗りたいです。
    世界一かっこいいです。
    ほんまに好きです。
    ありがとうございました。

    ミスターダンディー 2017/11/19 18:51

    舘ひろしも岩城滉一も、ダンディーですよね~

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